雨雲を植える日
「畑を捨てるなら、今日中に決めろ」
村長の声に、広場へ集まった農民たちはうつむいた。三か月、雨がない。種籾は残り一袋。井戸は底を見せ、領主から届いたのは救援ではなく、平年どおりの納税命令だった。
旅人リオネルは、腰の小袋から金色の券を取り出した。
《開拓者支援・確定SSR召喚券》
使用回数、一回。
「そんなもの、剣か鎧しか出ないんだろ」
「今ほしいのは雨だ」
責める声に、リオネルも頷いた。必要なのは一つだけ。今日植えられて、明日を待たずに水をくれるもの。
券を裂く。
光は大げさに空へ昇らず、彼の掌に黒い豆を一粒残した。札には短く《雨雲の種》とある。
「畑の中央を、ひと畝だけ空けてください」
村人は半信半疑だったが、リオネルは種籾を奪わなかった。自分で乾いた土を掘り、黒い豆を埋め、水筒の最後の一口を注いだ。
土が、どくんと脈打った。
芽は出なかった。代わりに細い白煙が地面から伸び、畑の上でふくらんでいく。綿ほどだった雲は屋根を越え、村を覆い、それでも隣領へは一歩もはみ出さない。
最初の雫が、村長の鼻先に落ちた。
次の瞬間、畑だけにまっすぐ雨が降った。土を削らない柔らかな雨だった。枯れかけた苗は起き上がり、空の桶が音を立てて満ちる。雨脚は畝ごとに等しく、低い畑だけを水浸しにすることもなかった。土は必要な深さまで湿ると、それ以上の水を雲へ押し返した。子どもたちは笑って裸足で走り、大人たちは種籾の袋を抱えて畑へ散った。三か月閉じていた水車も、桶からあふれた水を受けてゆっくり回り出す。
税吏が濡れない街道から叫ぶ。
「納税分を先に確保しろ!」
村長は初めて背を向けた。
「まず来年の種を取り分ける。残りを等分だ。雨を呼んだ方の分もな」
命令ではなく、農民たち自身が縄を張り、畝を分け、種をまき始めた。リオネルは泥だらけの手で、芽のない場所をそっとならす。
そのとき、遅れて空中に金文字が浮かんだ。
《使用実績を確認――SSR〈雨雲の種〉、世界初の完全定着に成功しました》