雨音が止まる食卓

「壁しか直せない宮廷術師など、王都には不要だ」

そう言われて追い出されたリュシアンが、辺境の廃屋に着いたのは雨の午後だった。

家と呼ぶには、あまりに穴が多い。窓は割れ、床は軋み、屋根からは食卓めがけて三本の雨筋が落ちている。全部直そうとすれば日が暮れる。リュシアンは濡れた外套を脱ぎ、まず梯子を屋根へ掛けた。

今日直すのは、食卓の真上だけ。

荷物の中には毛布も種袋もあったが、彼は先に鍋だけを乾いた隅へ移した。眠る場所は濡れていても我慢できる。だが、温かな食事へ雨水が落ちる暮らしだけは、今日で終わりにしたかった。

王宮では、城壁一枚を一晩で直しても「攻撃魔法が使えない」と笑われた。だが、ずれた瓦を一枚ずつ剥がし、腐った桟を切り、拾った栗材を嵌める仕事は、誰にも急かされない。指先で《接合》を唱えると、木と木の境目が淡く光り、古い家が小さく息を吐いた。

最後の瓦を置く前、リュシアンは屋根裏へ降り、光の筋が残っていないか確かめた。王城の修繕では検査官が粗探しをしたが、今は自分が住む者であり、検査する者でもある。小さな隙間へ木片を足し、改めて瓦を戻した。

最後の瓦を置いた途端、雨粒の音が変わった。

ばらばら、ぼたぼた、と室内へ落ちていた音が、屋根の上でさらさらと流れていく。食卓の周りだけ、乾いた島になった。

リュシアンは鍋に豆と干し肉を入れた。火に掛けると、脂がじゅっと鳴り、やがて白い湯気が梁へ昇った。濡れた袖から立つ冷たい匂いより、豆の甘い匂いの方が勝っていく。

そのとき、窓の穴から銀色の伝書鳥が飛び込み、王家の封蝋が押された手紙を落とした。

『北壁崩落。至急帰還せよ』

表に書かれた一行だけで、用件は分かった。今さら必要になったらしい。

リュシアンは封を切らず、手紙を乾いた食卓の端へ置いた。木椀にスープをよそい、まだ熱い匙を持つ。

王都の壁は、今夜も誰かが守るだろう。

けれど、この食卓を雨から守ったのは自分だけだ。

屋根を打つ雨音を聞きながら、リュシアンは手紙より先に、湯気の立つ一口を選んだ。