零キロへ、すれ違う
小田切莉乃と羽柴圭吾には、金曜九時の決まりがあった。
仙台と福岡。千二百キロ離れた二人は、同じコンビニで「旨辛から揚げ」を買い、画面越しに同時に蓋を開ける。
「そっち、赤くない?」
「東北限定で辛さ二割増し」
「嘘。圭吾が七味かけた顔してる」
「恋人の観察力を悪用するな」
付き合って三年、遠距離になって二年。誕生日も発熱も、莉乃の昇進も圭吾の失敗も、四角い画面の中で祝ったり慰めたりした。会えた日は数えるほどだったが、会えない日は数えないことにしていた。
三月最後の金曜、二人は互いに秘密を抱えていた。
「今日は背景が白いね」
「引っ越したばかりだから」
「私も」
莉乃は笑いながらスマートフォンを持ち、窓の外を映した。見慣れない並木、その先に仙台支社の看板。
「転勤願い、通った。驚いた?」
圭吾は口を開けたまま、ゆっくり自分の窓へカメラを向けた。屋台の明かり、見覚えのある川、福岡の夜景。
「俺も、異動した」
「……どこへ?」
「見て分かるだろ」
「分かりたくない」
二人はしばらく黙り、それから同時に吹き出した。距離をゼロにしようとして、まるごと交換してしまったのだ。
けれど笑いは長く続かなかった。莉乃の異動は三年契約。圭吾も新部署の立ち上げを任され、戻れない。どちらも相手のためだけに選んだわけではない。捨てたくない仕事だったからこそ、相手には諦めてほしくなかった。
「また三年、できるかな」
莉乃が訊いた。
圭吾は、いつものように軽口で返せなかった。
会えないことより、会える日まで互いの人生を仮住まいにしてしまうことが、二人には苦しかった。
「好きだよ」と圭吾が言った。
「うん。だから終わろう」と莉乃が答えた。
画面の中で、から揚げの湯気だけが元気に立っていた。
最後の「いただきます」は、いつもより一秒ずれた。莉乃が泣いて言い直し、圭吾も笑って言い直したからだ。
通話を切ったあと、二人はそれぞれ、相手がいた街で冷めたから揚げを食べた。
距離はとうとう縮まらなかった。
ただその夜、泣き出す時刻だけが、ぴたりと重なった。