雷猫は棘を隠す

王都南門に雷猫が現れた、と鐘が鳴った。

青白い鬣を逆立てた猫型魔獣は、荷馬車より大きい。衛兵たちは槍を並べ、隊長は「瞬きするな。あれは一晩で砦を焦土にする」と怒鳴った。

薬草売りのリゼットだけは、雷猫の右前足を見ていた。地面につけるたび、爪の間から紫色の雫が落ちる。稲妻ではない。毒棘の汁だ。門外の荒地にだけ生えるそれは、人間でも一刻放置すれば足を失う。雷猫が門へ来たのは襲撃ではなく、薬の匂いを求めたのかもしれない。

「攻撃するなら、どうして三本足で逃げないの」

誰にともなく言い、籠から革手袋と毛抜きを出した。

止める声を背に一歩近づく。雷猫が牙を見せ、空気が焦げた。けれど耳は伏せられ、喉の奥から漏れたのは威嚇より細い呻きだった。

リゼットは槍を捨てるよう衛兵へ命じる権限などない。だから自分の籠だけを地面に置き、両手を見せて座った。

「痛い足、貸して。治ったら嫌っていいから」

長い沈黙のあと、巨大な前足が石畳を擦って差し出された。肉球に食い込んでいたのは、呪毒を持つ黒茨だった。触れた手袋が煙を上げたが、リゼットは根元を押さえ、一息に抜く。雷猫は轟音を上げた。衛兵が槍を構え直す。

「今のは痛かった声!」

消毒薬を注ぎ、包帯を巻く。仕上げに籠の底に残っていた山羊肉を差し出すと、雷猫は一口で食べ、空の籠まで舐めた。

次の瞬間、額の稲妻模様がほどけ、リゼットの手首に小さな青い肉球印が灯った。

「神獣契約……?」

隊長の槍が石畳に落ちる。先ほどまで『討て』と叫んでいた商人たちも、包帯を濡らす水を我先に差し出した。リゼットは受け取りながら、今さら優しいふりをしても順番は最後だ、と心の中で少しだけ笑った。

雷猫は得意げに一度だけ尾を振ると、リゼットの前で横倒しになった。白銀の腹毛をさらし、包帯を巻いた前足で彼女の膝を引き寄せる。

恐る恐る撫でると、雷鳴を宿すはずの毛は陽だまりの毛布のように柔らかかった。やがて大きな頭が膝へ落ち、ずしりとした重さと、雨上がりの石より確かな温もりが、彼女の脚いっぱいに広がった。