電球を替えない夜
佐東木乃実と針谷冬介が暮らした八年間で、台所の電球は十二回切れた。
最初の頃は、冬介が椅子へ上り、木乃実が腰を支えた。
「落ちたら受け止めて」
「重いから避ける」
そんな冗談を言いながら替えた。
四年目から、切れた電球は帰宅したどちらかが黙って交換した。
七年目には、予備が何個あるかも互いに知らなくなった。
二人の暮らしは壊れてはいなかった。
家賃は折半し、洗濯も料理も不公平にならないよう分けた。誕生日には欲しい物のリンクを送り、忘れず注文した。
喧嘩も減った。
ただ、木乃実が落ち込んだ日に冬介は理由を訊かず、冷蔵庫へ好物を入れた。
冬介が眠れない夜、木乃実は背を向けたまま、邪魔をしないよう息を静かにした。
気遣いは増えた。触れる回数は減った。
ある晩、台所の電球が明滅した。
冬介が戸棚を開ける。
「予備、ないね」
「明日買う」
「僕が買ってくる」
「どっちでもいいよ」
その言葉のあと、二人は同時に黙った。
何度も口にしてきた「どっちでもいい」が、少しずつ二人の間を削ってきたことに、ようやく気づいた。
木乃実が言った。
「別々に暮らそうか」
冬介は電球を見上げた。
「直せると思う?」
「壊れてはいないんだよ」
「じゃあ、どうして」
「使い続けて、薄くなったの。好きだったところも、嫌だったところも、全部知りすぎて、驚かなくなった」
冬介は否定しなかった。
愛が消えたのではない。
ただ、毎日少しずつ使われ、互いを選ぶ力へ回す分が残っていなかった。
最後の夜、明滅する台所で二人は簡単な夕食を食べた。
暗くなるたび顔が見えなくなり、明るくなるたび、泣いていることが分かった。
「新しい部屋では、電球を切らすなよ」
「冬介も」
「椅子、ちゃんとしたの買って」
「腰を支える人がいないからね」
二人は少し笑った。
翌朝、木乃実が先に出た。
冬介は切れかけた電球を外さなかった。
夕方、部屋へ戻ると、台所は完全に暗くなっていた。
彼は予備を買いに行かず、窓から入る街灯だけで最後の荷物を詰めた。
二人の愛は、突然消えたのではない。
何度も照らし、何度も互いの帰りを待ち、その役目を静かに使い切って、最後に灯らなくなったのだった。