青いスポンジの角

沢木芽衣が病院から帰ると、流しの縁に青いスポンジがへたっていた。

玄関で靴を脱いだときも、鞄の中では医師の説明書が硬い音を立てていた。半年という数字は紙には書かれていない。口で聞いただけなのに、冷蔵庫の稼働音よりはっきり頭に残っている。

恋人はまだ仕事だった。朝の皿が二枚、重ねずに水へ浸してある。油のついた皿を重ねると裏まで汚れるから、と芽衣が何度言っても直らなかった癖だけは、今日は助かった。

冷蔵庫には、恋人が書いた一週間の献立が磁石で留めてある。水曜は麻婆豆腐、木曜は空白だった。芽衣は木曜の欄まで見てから、紙を裏返した。予定を消したのではない。今は皿のほうが近かった。

スポンジをつまむと、中央が薄く裂けていた。交換用は流しの下に三個ある。恋人は「まだ泡が立つ」と言って捨てどきを延ばすので、替えるのはいつも芽衣の役目だった。

新品の袋を開ける。薄い化学繊維の匂いがした。青い面と白い面がぴたりと貼り合わさり、乾いた角が指に痛い。二人の家では、青が食器、白が流し台と決めている。決めたのは芽衣なのに、恋人は月に一度は反対に使う。

芽衣は引き出しから料理ばさみを出し、青い面の右上だけを斜めに切った。角が一つ欠けていれば、眠そうな朝でも間違えない。以前そうしようと思い、忘れていた。

蛇口をひねると、ぬるい水が皿の上を走った。洗剤は一滴で十分だった。新品は少し握るだけで泡を吐き、朝の卵の膜を簡単にさらっていく。二枚目の皿には、恋人がパンをちぎった跡が半円に残っていた。

洗い終えるころ、スマートフォンが震えた。

〈遅くなる。何か買う?〉

芽衣は「何も」と打ち、消した。冷蔵庫には豆腐があり、卵もある。話すことは帰ってからでいい。代わりに〈台所のスポンジ、青い角が食器用〉と送った。

すぐに、〈今までも青が食器じゃなかった?〉と返ってくる。

芽衣は少しだけ笑い、古いスポンジの水を絞った。捨てると決めれば、手の中のものは驚くほど小さくなる。ごみ箱の蓋を閉め、新しいスポンジを水切りラックへ置く。切り落とした角が、きちんと右上を向いた。