青い歩道橋の向こう

二十八歳の春、実家を引き払うために戻った町で、私は通学路だった青い歩道橋を見上げた。塗装はところどころ剥げ、階段の脇には自転車用の細い坂が増えていた。会社から届いた転勤希望の確認メールを開かないまま、冷たい手すりに触れる。

十七歳の朝も、同じ場所で足を止めた。東京の大学を受ける私と、地元の短大に進む澄花。母親の介護を理由に町を出ない彼女へ、私は言ってしまった。

「怖いから残るんでしょ」

澄花は怒らなかった。手すりの剥げた青を爪でなぞり、「遠くへ行くことだけが、前じゃないよ」と答えた。始業ベルが鳴りそうなのに、私たちは歩道橋の真ん中で向かい合ったままだった。謝れなかった私は先に走り、振り返らなかった。

その後、澄花とは年賀状が二度届いただけで途切れた。東京へ出た私は、転職するたびに住所を変え、忙しさを理由に返事を書かなかった。遠くへ進んだつもりで、あの一言の手前にずっと立ち止まっていた。

手すりの裏に、小さな傷を見つけた。高校生の私たちがコンパスの針で刻んだ二本の線だ。一本は駅の方角へ、もう一本は住宅街へ伸びている。分かれ道の印のつもりだった。今見ると、どちらも同じ青い鉄の上に残っていた。

スマートフォンが震える。福岡支社への異動を希望するか、今日中に返答してください。

私はメールを閉じ、連絡先の奥から澄花の古いアドレスを探した。届くかは分からない。それでも「十七歳の朝のことを謝りたい。あなたは逃げていなかった」と打った。送信したあと、異動希望にもチェックを入れた。

謝ったから過去が直るわけではない。福岡へ行くことが正解とも限らない。ただ、遠くへ行く私も、残った彼女も、それぞれの方向へ歩いていたのだと思える。

階段の下を、見知らぬ高校生たちが二手に分かれていく。誰も相手の行き先を責めない。その当たり前の光景を、十七歳の私は知らなかった。

歩道橋を渡り切ると、駅へ向かう風が頬を撫でた。私はもう一度だけ青い手すりに触れ、今度は振り返らずに階段を下りた。