青石の鑑定書
エリシアが青い指輪を受け取った五年後、婚約者レオンハルトは彼女の家の負債だけを残して消えた。指輪に刻まれていたのは愛の誓いではなく、財産と寿命を保証にする古い連帯契約だった。差押えの鐘を聞きながら倒れたはずの彼女は、王宮の婚約披露宴で目を開けた。
紫の天鵞絨の箱。青く光る宝石。差し出す男の笑みまで、前と同じだった。
「君には青が似合う」
一度目のエリシアは、頬を染めて右手を差し出した。今度は両手を膝の上に置いたまま、にこやかに答える。
「ええ。ですから、鑑定書も青い封筒でご用意くださいませ」
広間が静まった。レオンハルトの指が、ほんのわずかに箱を閉じかける。
「婚約の記念品に鑑定など、無粋ではないか」
「王家に納める宝飾品は、すべて宮廷鑑定士の証明が必要です。まさか未来の妻にだけ、規則を破らせるおつもりではありませんわね?」
前の人生で彼が何度も利用した言葉を、そのまま返した。規則を重んじる宰相が眉を上げ、控えていた鑑定士へ合図する。宝石に試薬が落ちた瞬間、青い石の奥から黒い文字が浮かび上がった。
――受贈者は贈与者一族の債務および呪詛を無期限に負担する。
どよめきが走る。レオンハルトは箱を奪おうとしたが、近衛の槍が先にその手を止めた。
「違う、これは古い指輪を取り違えただけだ」
「では、正しい指輪が届くまで婚約は保留にいたします」
エリシアは立ち上がり、自分から一歩退いた。前の人生では指輪をはめた途端に黒く染まった家紋の刺繍が、胸元で白銀のまま輝いている。
一度目の彼女は、疑うことを愛の欠如だと思っていた。けれど確かめることを嫌う愛なら、守っているのは相手の秘密だけだ。エリシアはようやく、その単純なことを理解した。
そのとき、王の前に置かれた婚約台帳がひとりでに閉じた。金文字が組み替わる。
《レオンハルト・ヴァイス――婚約候補資格、取消》
前なら決して崩れなかった男の笑顔が消えた。
「待ってくれ、エリシア」
彼がその言葉を口にしたのは、二度の人生で初めてだった。