風圧の三十一階

午前一時十三分、警備室の盤が短く鳴った。

「三十一階、東側非常扉。開放」

夜勤警備員の鷺坂理一は、同僚が立ち上がるより先に時刻を記録表へ書き、鍵束ではなく薄い紙片をポケットへ入れた。

現場の扉は閉まっていた。取っ手を引いても動かない。マグネットセンサーの表示も正常に戻っている。

「誤報ですね。リセットしますか」

設備員が無線で言った。

鷺坂は答えず、紙片を扉の下へ差し込んだ。紙は廊下側へ強く吸われた。次に、同じ階のエレベーターホールへ戻り、かごが一階へ降り切るのを待つ。停止した瞬間、遠くで扉がかすかに鳴り、無線から再び警報音がした。

鷺坂は過去三夜の記録表も無線で読ませた。警報はいずれも、最終エレベーターが一階へ戻った直後に出ている。侵入者なら同じ時刻を選ぶ理由がない。扉の向こうの階段にも足跡はなく、床のほこりは均一だった。

誰かが触れたのではない。深夜の省エネ運転で空調が切り替わり、三十一階だけ負圧が強くなる。その瞬間、古い扉が数ミリたわみ、センサーの接点が離れていた。

設備員はセンサーを無効にしようとしたが、鷺坂は首を振った。

「これを殺すと、本当に開けられた時も分かりません。それに、この扉は煙を止める側です」

彼は隣の防火扉を先に閉め、エレベーターホールとの空気の通り道を一つずつ区切った。すると非常扉の紙片は動かなくなり、警報も止まった。応急処置はセンサーではなく、夜間だけ開け放していた清掃用前室の扉を閉鎖することになった。

清掃責任者は「今夜だけ扉をテープで固定しては」と提案したが、鷺坂は却下した。閉じるべき扉を開けたままにする応急処置は、警報より大きな危険を残す。

鷺坂は巡回の順番も変えた。空調切替の五分前に前室を確認し、五分後に非常扉を見る。修理業者には、扉枠のゆがみを朝一番で測るよう引き継いだ。

センターへ戻ると、東の窓が薄く白んでいた。設備員が缶コーヒーを差し出した時、搬入口から「新聞便、入館お願いします」と呼び出しが入る。

鷺坂はまだ温かい缶を机へ置き、次の鍵束を取った。