首を落とせない朝

夜明け前から、王都の広場には首を待つ人々が集まっていた。

焼き菓子の屋台まで出ていた。罪人の首が落ちる瞬間をよく見ようと、父親が子どもを肩車している。処刑台の背後には《国を食い物にした鼠を討て》という宰相府の旗が垂れていた。

処刑台の中央で、ユーディスは両膝をつき、背筋だけをまっすぐにしていた。罪状は国庫横領。実際に金を抜いた宰相ガラドは、最前列の貴賓席で白い手袋を鳴らしている。

ユーディスは国庫の夜警だった。荷車の車軸が沈みすぎていると報告し、積荷を改めた翌朝、横領の主犯にされた。証人だった会計官は姿を消し、押収した帳簿も「焼却済み」とされた。

「最後に言い残すことは?」

「帳簿は、地下金庫の三段目だ」

群衆がざわめき、ガラドの眉が動いた。

「妄言だ。執行せよ!」

処刑人が黒鉄の斧を振り上げた。ユーディスは目を閉じない。刃が首筋へ落ち、鐘のような音が広場を打った。

斧は弾かれ、処刑人の手から転がった。

処刑人は両手を胸へ押しつけた。柄を通して返った衝撃で、指の感覚が消えていた。刃は肉へ入らなかったのではない。城門へ全力で打ち込んだときより硬い何かに、真正面から押し返されたのだ。

誰かが笑った。見世物の失敗だと思ったのだ。ガラドも笑い、予備の斧を持ってこいと命じた。

だが処刑人だけは笑わなかった。刃先が丸く潰れていたからだ。

「鈍っていたのだ」

ガラドは立ち上がり、腰の剣を抜いた。王家に伝わる断罪剣。竜の骨さえ断つとされ、罪人の血に触れると赤く燃える。

「私が直々に終わらせる」

ユーディスはなお、同じ姿勢で膝をついていた。

断罪剣が炎をまとい、振り下ろされる。処刑台が割れ、白煙と木片が客席まで吹き飛んだ。悲鳴のあと、広場が静まる。

煙が薄れる。

砕けた板の中央で、ユーディスは両膝をついたままだった。背筋も、視線も、首筋に落ちる髪の一本さえ変わっていない。

「地下金庫の三段目だ、ガラド」

今度は宰相を呼び捨てにした。

貴賓席の老会計官が立ち上がった。三日前まで行方不明とされた男だ。彼は懐から地下金庫の鍵を掲げる。

誰ももう罪人を見ていなかった。広場じゅうの視線が、ガラドだけへ向いている。

宰相の手の中で、断罪剣の刀身に細い亀裂が走った。

音は小さかった。

けれど広場の誰もが聞いた。

王家の剣は、柄元から二つに砕けた。