黄色い社員証ケース
経理部の佐伯真帆は、会社では色のない人で通っていた。灰色のカーディガン、紺のパンツ、昼食はいつも同じ鮭のおにぎり。机の引き出しにだけ、男性アイドルグループ〈LUMINOUS〉の蓮斗を閉じ込めている。
正確には、社員証ケースの内側だった。規定品の黒いケースに、蓮斗のメンバーカラーである黄色い星のシールを一枚だけ貼っていた。首から下げている間は見えない、小さな秘密だ。
週末の真帆は、黄色いTシャツで客席に立ち、名前を呼び、アンコールでは誰より大きく手を振る。月曜になると、その自分を駅のコインロッカーへ預けるように、声も色も小さくした。好きなものを知られれば、正確な数字まで軽く見られる気がしていた。
月曜の朝、入館ゲートでケースの留め具が外れた。社員証と一緒に、週末のライブでもらった黄色い紙吹雪が床へ散った。
「あ、佐伯さんって、そういう感じなんだ」
後ろにいた営業の笑い声に、真帆の指が止まった。拾うより先に、同じチームの永瀬直がしゃがみ込む。
「イベントの試供品です。経理に精算が回ってきたやつ」
直は平然と紙吹雪を集め、真帆の手のひらに押し込んだ。そのまま二人でエレベーターに乗る。扉が閉まると、真帆は小声で言った。
「かばわなくてもよかったのに」
「ごめん。勝手に隠した」
直は謝ってから、社員証の裏を指した。
「でも、嫌なら今から戻って、試供品じゃなくて宝物ですって訂正してもいい」
からかわれると思っていたのに、選択肢を返された。真帆はしばらく黄色い星を見つめた。蓮斗がライブの最後に言った言葉を思い出す。好きなものは、忙しい日を越えるための灯りでいい。
昼休み、真帆は文具店で透明な社員証ケースを買った。黄色い星を内側から外側へ貼り直す。午後の入館ゲートで営業の男とまた鉢合わせたが、今度はケースを裏返さなかった。
「それ、何の星?」
「私の推しの色です」
ゲートが青く光る。真帆は黄色い星を胸元に揺らしたまま、先に通り抜けた。