黒い端の卵焼き

片平知世が父の台所へ着いたとき、皿の上には卵焼きが一本、少し傾いていた。

母が亡くなって二年、父は毎週日曜になると何か一品だけ作るようになった。最初は炊飯器の目盛りを間違え、次は味噌汁を鍋いっぱいに作った。失敗の写真が届くたび、知世は笑った顔のスタンプを返し、帰りに食材を補充した。今夜は母の甘い卵焼きを再現するつもりだったらしい。けれど端は黒く、巻き目も途中でつぶれている。焦げた砂糖の匂いが残り、箸で押すと外側だけが固く跳ね返った。

「火が強かった」

父はそれだけ言って、流しの前へ立った。知世の鞄には、シンガポール支社への赴任同意書が入っている。期間は三年。返事は明日までだった。

父にはまだ伝えていない。母の入院中、知世は仕事を早退して病院へ通い、亡くなったあとは週に一度ここへ来た。父が一人で食事を済ませられるようになっても、通う回数を減らす話はできなかった。赴任先からなら毎晩でも電話はできる。それでも、電球が切れた日や熱を出した朝に駆けつけられないことを考えると、海を越えるなど見捨てるのと同じに思えた。弟は「父さんは子どもじゃない」と言った。その言葉にうなずけない自分こそ、父を一人にしていない証拠だと思いたかった。

卵焼きは六切れに分けられていた。子どものころ、焦げた端は父の皿へ移した。父はいつも「ここがうまい」と食べた。知世はその嘘を、ずっと優しさだと思っていた。

今日は黒い端を自分の皿へ残したまま、最初に噛んだ。苦みのあとから、中心の甘さが遅れてきた。二切れ目も端の側から食べる。父は流しを拭くふりをしながら、こちらを見なかった。

五切れ食べ、最後の一切れを縦に割った。黒い半分を口へ入れ、黄色い半分だけを皿の中央へ置く。

それから鞄の封筒を取り出し、皿の脇へ出した。隠すためではなく、読んでもらうために。

父は封筒を見て、残った黄色い半分を見た。

「日曜は、向こうにもあるな」

知世はうなずいた。父は封筒を開かず、まず冷蔵庫の予定表から、知世が書き込んだ〈日曜・夕食〉を消した。代わりに、その下へ〈日曜・通話〉と書く。字が少し震えたのは、年齢のせいかもしれなかった。

知世は残った黄色い半分を食べずに帰った。父に世話を焼かせるための一口ではない。次の日曜まで、自分がいなくても皿の上に残しておける一口だった。口の中には、焦げより甘さのほうが長く残っていた。