黒板の端の流れ星
文化祭二日前、教室には私と小田切創しか残っていなかった。
机は全部廊下に出され、床には新聞紙、窓際には乾きかけの絵の具。お化け屋敷の背景に使う夜空は、昼間にみんなで塗ったせいで、ところどころ青く、ところどころ黒く、かなり雑だった。
「星、足りなくない?」
脚立の上から小田切が言った。
「お化け屋敷に星はいらないでしょ」
「暗いだけだと、ただの手抜きに見える」
反論する前に、彼は白い絵の具を筆先ではじいた。小さな飛沫が夜空に散る。予想よりずっときれいで、私は黙った。
「ほら」
「床にも散ってるけど」
「それは地上に落ちた星」
「先生に見つかったら、地上に落ちるのは小田切の成績ね」
笑った拍子に、私の肘がバケツに当たった。白い絵の具が黒板の端へ細く走り、流れ星みたいな線を作った。
二人で固まった。
「……消す?」
私が聞くと、小田切はしばらく眺めてから、線の先に小さな星を一つ描き足した。
「残そう。事故じゃなくなる」
それから私たちは、誰も来ない教室で星を増やした。彼が点を打ち、私が余分な飛沫を拭く。校庭の運動部の声が消え、下校放送も終わり、窓ガラスに私たちの姿だけが映った。
「真壁」
「なに」
「願い事、した?」
黒板の端の流れ星を、彼は顎で示した。
「文化祭が無事に終わりますように」
「模範解答」
「じゃあ小田切は?」
彼は筆を洗うふりをして、少しだけ背中を向けた。
「来年も、こういう時間があればいい」
同じクラスになる保証なんてない。文化祭だって、準備の居残りだって、同じ形では二度と来ない。
だから私は、まだ濡れている星の下に、誰にも読めないくらい小さく日付を書いた。
本番の日、暗い教室で悲鳴が上がるたび、黒板の端だけが非常灯を拾って淡く光った。小田切は受付の隣で、それを見つけた私に気づき、口だけで言った。
「かなった」
何が、とは聞かなかった。
あの流れ星は文化祭の翌日に消されたけれど、私は今でも、願い事をするときだけ、黒板の端から夜空を思い出す。