黒羊の拍手
処刑台の縄が、ヴァオの首へ落ちた。
広場の端でリュガナは手袋を外し、掌に刻まれた羊の目を開いた。黒い瞳が瞬き、指の骨を内側から舐める。
契約の規則は一つ。人が心に反する判決を口にしたとき、黒羊に「言い直せ」と命じれば、本心を吐かせられる。その代わり、リュガナの指が一本、黒い蹄へ変わる。
「証人。ヴァオが墓を暴いたのを見たのね」
老婆は頷いた。リュガナが小声で命じる。
「言い直せ」
右の小指が縮み、爪が割れ、硬い蹄になった。老婆の顔が歪む。
「見ていない。司祭に銀貨をもらった」
ざわめきが走る。
二人目の証人。三人目の証人。見張り。書記。命じるたび、指は関節を失い、艶のある黒へ変わった。偽の目撃、書き換えられた時刻、拷問で押された拇印が、次々と広場へこぼれる。
片手が完全な蹄になったころ、判官は椅子から立った。
「証言に乱れはある。だが判決は覆らぬ」
その声だけは平らだった。心にも同じ判決がある。黒羊の力では曲げられない。
ヴァオの足元から踏み板が外されようとしていた。
リュガナは判官ではなく、処刑人へ問いかけた。
「この縄を引くことが、正しいと思う?」
覆面の男の肩がわずかに揺れた。
「正しい」
「言い直せ」
親指が蹄へ沈む。処刑人は斧を落とした。
「正しくない。判官の息子が墓から盗んだ聖玉を、ヴァオの袋へ入れるのを見た」
判官が逃げようとする。群衆が道を塞いだ。処刑人は縄を切り、ヴァオが床へ崩れ落ちる。
リュガナは駆け寄ったが、結び目を解く指がもうなかった。両手の先には、濡れたような二つの蹄がある。ヴァオは自分で縄を外し、その蹄を胸に抱いた。
「どうして、ここまで」
リュガナは肩をすくめた。勝ったのだ。笑えばよい。けれど群衆が判官を捕らえて拍手を始めると、黒羊も掌の奥で喜んだ。
彼女も手を叩こうとした。
こつん、こつん。
広場に響いたのは拍手ではなく、家畜小屋の床を歩く音だった。ヴァオだけが彼女の名を呼び続けたが、リュガナの腕は、もうその呼び声へ人の手を伸ばせなかった。