『二十一時十四分のB列』
青藍データの査定面談で、狭間汐里は昇格見送りの理由を聞かされていた。
向かいの課長、鳥飼慧は評価表を指で叩いた。納期遵守二点、主体性二点、総合C。汐里が昨年まで三年連続でAだったことには触れず、「今年は大口案件を二度遅らせた」と告げた。
「一度目は顧客都合で日程が変わりました。二度目は予定どおりです」
「記録には遅延とある」
人事担当が共有画面に評価表を映した。汐里は、そのB列を見て言った。
「版履歴を一つ戻してください」
鳥飼の眉が動いた。人事担当が操作すると、締切日の十八時版では納期遵守五点、総合Aだった。変更は同日二十一時十四分。コメントも〈顧客都合による変更を吸収〉から〈本人の調整不足で遅延〉へ書き換えられている。編集者名は鳥飼だった。
「最終調整だ。評価者には修正権限がある」
「締切後は、人事承認なしに触れない規程です」
「残業していたから、翌朝扱いで許可を取った」
汐里は勤怠画面を開いた。鳥飼は十九時三分に退館している。二十一時十四分のアクセス元は十三階の会議室〈浅瀬〉。その部屋は、同じ昇格枠を争う鳥飼の甥との面談名義で二十一時から予約されていた。
鳥飼は「共用端末だ」と言ったが、人事担当が端末ログを重ねた。ログインには鳥飼の社員証による二要素認証が使われ、直前には甥の評価表がCからAへ変わっていた。変更時刻は二十一時十二分。二つの表は同じ端末から、二分差で更新されている。
人事担当は締切通知の開封履歴も示した。鳥飼は〈十八時以降の変更は監査対象〉という警告を十九時前に読んでいる。しかも翌朝、汐里の評価だけをPDF化し、元の版へ戻れないよう削除申請まで出していた。削除理由は〈本人合意済み〉。汐里が合意した記録はどこにもなかった。
室内の空調音が急に大きくなった。
人事担当は昇格判定画面を開き、汐里の〈見送り〉を〈再審査・原評価A〉へ戻した。続けて鳥飼の評価者権限を停止する。
「本日の面談結果を訂正します。見送られるのは、狭間さんではありません」