午後二時の更新者
最終面接の机には、まだ封をしていない内定通知書が置かれていた。一次、二次とも最高評価で、役員メモにも「即戦力」「次期部長候補」と並んでいる。あとは年収条件を確認し、握手をするだけのはずだった。
鴇田征路はそれを見ないようにしながら、東都クラウドサービスで働く意欲を語った。前職の青湾テクノでは、地方銀行の基幹移行を三年間率いたという。障害発生時は四十人を指揮し、予定より二週間早く切り替えを終えた。午前三時の判断や、顧客役員を説得した言葉まで具体的だった。話は滑らかで、役員の二人も何度かうなずいた。
採用責任者の能登原だけが、ノートパソコンから顔を上げなかった。今朝届いた照会回答と、応募時からの版履歴を時間順に並べ直していた。
「最後に一点。履歴書を今朝、更新されましたね」
「誤字を直しただけです」
能登原が壁面モニターに共有ファイルの版履歴を映した。午後二時二分、鴇田の個人アカウントが「テスト補助」を「移行責任者」に、「八か月」を「三年間」に書き換えている。その三分前には、人材紹介会社から〈本件は大規模案件の統率経験を最重視します〉というメールが届いていた。
鴇田は笑った。「社内の正式な呼び方に合わせただけです。実際、責任者と同じ仕事をしていました」
「では、こちらは?」
銀行側の許可を得て照会した案件フォルダのアクセス履歴が開かれた。鴇田のアカウントに与えられていたのは閲覧権限だけ。初回アクセスは切替完了の六日後だった。障害対応の記録にも、会議室予約の出席者欄にも名はない。
「別のアカウントを使っていました」
能登原は、旧会社の情報システム部からCCで届いたアカウント対応表を表示した。別名義も共用IDもない。鴇田の頬から、面接用の笑みがゆっくり消えた。
役員の一人が、机上の通知書へ手を伸ばす。鴇田の目に一瞬だけ光が戻った。
だが役員は封筒を裏返し、能登原へ渡した。
能登原は採用管理画面の「内定予定」を開き、その場で「見送り」に変更した。