『透かしのない一枚』
最終面接の机に、倉科弥生は十二枚の企画書を置いた。地方の書店を夜だけ学習室に変える「灯台書房プロジェクト」。前職で自分が立案し、役員会で却下されたものだという。
「実施経験はありませんが、骨格から私が作りました」
採用部長の鴻上玲司は、表紙をめくらずに尋ねた。
「初稿を書いたのは、昨年十一月十四日の何時ですか」
弥生は一瞬だけ目を泳がせた。
「夜だったと思います。退勤後、自宅で」
隣の面接官が不思議そうに鴻上を見る。彼は黙ってノートパソコンを候補者側へ回した。画面には、取引先から届いた古いメールが開いていた。送信は十一月十四日十八時十二分。宛先は前職の企画部、CCには当時クライアント側にいた鴻上の名前がある。添付ファイル名は「灯台書房_初稿」。作成者は壬生川亮、更新時刻は十七時四十八分だった。
「同じ名前の資料なら、社内で共同編集したのかもしれません」
弥生は笑みを崩さなかった。
鴻上は彼女の紙の九ページ目を指した。面接室の空調音だけが急に大きくなった。弥生は資料を引き寄せようとしたが、隣の面接官が先にページを押さえた。本文の隅に、灰色の小さな点が三つ並んでいる。
「壬生川さんは盗用防止のため、初稿だけに三点の透かしを入れていました。最終版では消した。私は確認依頼のCCに入っていたので知っています」
弥生は紙を見下ろした。印刷設定で透かしだけ薄く残ったらしい。
さらに鴻上は、採用サイトへの提出履歴を示した。彼女のファイルは前職を退職した翌日にアップロードされ、PDFの元文書パスには壬生川の社員番号が残っていた。
「退職前に共有フォルダから持ち出したのではありません。私の補佐でしたから、閲覧権限はありました」
「持ち出せることと、自作だと言えることは別です」
鴻上は評価票の最上段に引いた丸を、赤い線で消した。
「採用予定を撤回します。代わりに、壬生川さんへ当社の企画職を案内してください」