お母さんがいない三日間

 芦峅寺莉子は、八歳からずっと病気だった。

 朝になると手足に力が入らず、昼には目まいがして、夜は一人で立てなくなる。元看護師の母、奈津枝だけが病気を理解していた。

「検査で見つからない病気もあるの。お母さんが守るから大丈夫」

 学校は辞め、家で勉強した。

 母は毎朝と毎晩、白い錠剤を砕いてヨーグルトへ混ぜた。体温、脈拍、食事量、排泄の回数まで手帳に書き、莉子が立とうとすると必ず車椅子へ戻した。

「転んで悪化したら、二度と歩けなくなるわよ」

 十六歳の春、母が急性虫垂炎で入院した。

 叔母が泊まりに来たが、薬の置き場所が分からなかった。薬袋はすべて捨てられ、瓶には手書きで〈朝〉〈夜〉としか書かれていない。

「病院へ問い合わせよう」

 叔母が言うと、莉子は止めた。

 母から、薬のことは家族以外に話してはいけないと言われていたからだ。

 薬を飲まない最初の夜、莉子は不安で眠れなかった。

 翌朝、手足の重さが少し減った。

 二日目には、自分でベッドから起き上がれた。

 三日目、壁につかまりながら玄関まで歩いた。

 叔母は泣きながら救急外来へ連れていった。

 診察した医師は筋力を確かめ、過去の検査記録を調べた。

「病気を示す所見はありません。むしろ長期間、強い鎮静作用のある薬を飲んでいた可能性があります」

 その薬は、母が以前勤めていた病院から紛失した薬と同じ成分だった。

 莉子は母の病室へ行った。

 車椅子を使わず、初めて自分の足で。

 母は莉子を見ると、喜ぶより先に言った。

「薬を飲まなかったの?」

「三日間、一度も」

「誰かに調べてもらった?」

 莉子が答えずにいると、母は点滴台をつかんで起き上がった。

「お母さんがいないと治ってしまうなんて、思わなかった」

「私、病気じゃなかったの?」

 母は泣きそうな顔で笑った。

「病気じゃなかったら、もう私を必要としてくれないでしょう」

 看護師を呼ぼうとした莉子の手を、母が握った。

 枕元の引き出しには、母に処方された錠剤が並んでいた。

 母はその一錠を紙コップへ落とし、スプーンで砕き始めた。

「退院するまで、お母さんが看護してあげる」