しわのある白いシャツ
千草は出張先のコインランドリーで、乾燥機が止まる三分前から立っていた。翌朝の面談で着る白いシャツを、熱が残るうちに取り出して畳みたかったからだ。しわを一筋でも残すと、自分の準備不足まで見透かされる気がした。
隣の椅子には、つぎはぎだらけのコートを着た旅人がいた。足元に置いた籠には、片方ずつ色の違う靴下が二十枚ほど入っている。旅人はそれを一足にせず、一枚ずつ丁寧に畳んでいた。
「組にしないんですか」
千草が聞くと、旅人は赤と緑の靴下を膝に並べた。
「旅先では、そろっているほうが珍しいので」
乾燥機が止まった。千草はシャツを取り出し、台の上に広げた。袖口に浅いしわがある。備え付けのアイロンは故障中だった。ホテルへ電話して借りることも考えたが、頼み方を頭の中で整えるだけで時間が過ぎた。
旅人はしわを指でなぞり、妙な質問をした。
「その一本は、明日の何点分ですか」
千草は笑えなかった。面談は、契約社員から正社員になるための最後の審査だった。失敗できない。前回の面談では、答えを言い直した回数まで帰宅後に数えた。言葉にすると、しわよりもその思いのほうが大きく膨らんだ。
旅人は籠から青い洗濯ばさみを一つ渡した。
「明日まで、直せないものを一つだけ直さずに持っていてください」
「それで何が変わるんですか」
「変わらなくても、朝は来ます」
旅人は左右の違う靴下を履き、夜の国道へ出ていった。
ホテルに戻った千草は、浴室に湯気を満たし、シャツを吊るした。いつもなら眠らずにしわが消えるのを待つところだった。けれど青い洗濯ばさみが、襟元で小さく揺れている。
翌朝、しわは薄くなっただけで消えていなかった。鏡の前で何度も袖を引き、千草はアイロンを借りられる店を検索した。始業まで四十分。間に合わないことはない。
そのとき、面談資料の一ページに誤字を見つけた。数字の単位も一か所ずれている。直すなら、こちらだった。シャツの袖を完璧にするより、自分が伝える内容を見直す時間のほうが必要だった。
千草は検索画面を閉じた。しわのある袖に腕を通し、資料を修正するため、青い洗濯ばさみをつけたまま机へ向かった。