ほどけた鼻緒を結ぶ夜

駅のホームでスーツケースを開けたとき、梢は内ポケットから一本の赤いリボンを見つけた。

色は褪せ、端は斜めに裂けている。それでも結び目だけは、十六歳の夜の形を保っていた。

高校の夏祭りで、梢は人波をかき分けて走っていた。三年生の実和先輩が、翌朝には県外へ引っ越すと聞いたからだ。

境内へ続く坂で、下駄の鼻緒が切れた。足の指の間が擦れ、白い砂に赤い点が落ちた。

「そんな走り方してたら、そりゃ切れるよ」

振り向くと、探していた実和がいた。

実和はしゃがみ、自分の髪を束ねていた赤いリボンをほどいた。切れた鼻緒に通し、器用に結ぶ。梢の足首に触れる指が近すぎて、用意していた言葉が全部飛んだ。

「これで歩ける。でも痛くないふりまでは直せないからね」

「痛くないです」

反射的に答えると、実和は困ったように笑った。

「そういうところ、たぶんずっと変わらないね」

花火が始まり、二人は坂の途中に座った。梢は、好きでした、と言うつもりだった。過去形なら重くないと思った。けれど口から出たのは「向こうでも元気で」だけだった。

実和は何も追及せず、梢の下駄を指さした。

「次に切れたら、自分で結びな。人に頼んでもいいけど、どこへ歩くかは自分で決めるの」

それ以来、赤いリボンは筆箱、化粧ポーチ、名刺入れへと居場所を変えた。実和とは年賀状が二度届いただけで、今どこにいるのかも知らない。

二十六歳の梢は、今夜、同棲を始める恋人の部屋へ向かう。家族にはまだ、恋人が女性だと伝えられていない。祝ってもらえる自信はない。それでも、隠したまま暮らす部屋にはしたくなかった。

ホームに電車が入ってくる。梢は赤いリボンをスーツケースの持ち手に結んだ。昔の結び目をほどき、今の手で結び直す。

ドアが開いた瞬間、母へ短いメッセージを送った。

――着いたら、話したい人のことを話します。

返信を待たず、梢はスーツケースを引いた。鼻緒の切れた夜とは違い、足元は痛くない。赤いリボンだけが、新しい歩幅に合わせて揺れていた。