また明日のない工場

組立工場の腕型ロボットを、古参の作業員は二十八年整備した。

関節が軋めば油を差し、誤作動すれば制御盤を叩かず、機械の癖を若い者へ教えた。

終業時には必ず金属の腕を二度軽く叩き、

「また明日」

と言った。

ロボットは返事をしない。

決められた角度で部品をつかみ、決められた力でねじを締めるだけだった。

定年の日、作業員は最後の製品を見届けた。

同僚から花束を受け取り、写真を撮り、いつものように腕を二度叩いた。

だが「また明日」が言えなかった。

「じゃあな」

作業員が離れると、ロボットは完成品を放さなかった。

警告灯が点き、ラインが止まった。

技術者が解除命令を送っても、腕は動かない。

電源を落としても、保持装置だけが固く閉じている。

「最後まで面倒をかけるな」

作業員が笑い、工具を取りに戻った。

金属の指の間には、最後のねじが一本残っていた。

まだ締められていない。

作業員は手動ハンドルを回そうとしたが、腕がわずかに持ち上がり、ねじを彼の掌へ落とした。

工場には、余ったねじを持ち帰る習慣などない。

不良として廃棄する物だ。

それでも作業員は、その一本を握った。

「これ、くれるのか」

ロボットは動かない。

「盗んだことになるぞ」

動かない。

「また明日って言えば、仕事をするのか」

作業員はしばらく黙った。

若い作業員たちも、誰も急かさなかった。

「明日は来ない」

そう言ってから、金属の腕を二度叩いた。

「でも、ありがとう」

ロボットは完成品をゆっくり搬送台へ置いた。

警告灯が消え、ラインが動き出した。

退職後、作業員はねじを紐に通し、工具箱へ下げた。

工場からは何度か電話が来た。

腕型ロボットは正常だが、終業時になると必ず二回、作業台を叩くという。

誰かが「また明日」と言えば止まる。

言わない日は、二回だけ音を鳴らして、自分から電源を落とす。

新人たちはそれを、古い機械の仕様だと思っている。

作業員は訂正しなかった。

月に一度、工場の前を散歩する。

窓の向こうで、金属の腕が同じ仕事を続けている。

作業員は工具箱のねじを指で二度叩く。

また明日ではない。

それでも長く一緒に働いたもの同士には、別れたあとにも通じる挨拶がある。