サラダのふたを閉じたまま
真帆は帰宅すると、コンビニ袋を台所の床に置いたまま、玄関に座り込んだ。
ワンルームの奥で、朝に予約した洗濯機が終了音を鳴らしている。三回目の電子音だった。干さなければ皺になる。分かっているのに、靴の金具を外す指さえ動かなかった。
袋の中には、蒸し鶏のサラダと明太子パスタ、それから小さなプリン。昼間、後輩のミスを一緒に謝り、上司から「真帆さんは面倒見がいいね」と褒められた。褒め言葉なのに、帰りの電車でずっと肩が重かった。面倒を見られる側に回る日は、いつ来るのだろうと思ってしまったからだ。
ようやく靴を脱いで、洗濯機のふたを開ける。湿った空気と柔軟剤の匂いが上がった。真帆はシャツを一枚だけ取り出し、ハンガーにかけた。次の一枚に手を伸ばしたところで、やめた。
全部干すことが正解でも、今の自分にできるのは一枚だった。
テーブルに明太子パスタを置き、レンジで温めた。サラダも並べたが、透明なふたを開ける気力がない。野菜を食べるつもりで買った。それだけで、もう半分くらいは役目を果たした気がした。
友人たちのグループチャットには、週末のランチ候補が十七件。楽しそうな店の写真が並んでいる。真帆は「どこでも大丈夫」と打ちかけ、消した。本当は土曜日の午前中を寝て過ごしたい。断れば距離ができそうで怖く、参加すれば笑顔を作る自信がなかった。
パスタの端が少し冷たいままだった。真帆は混ぜずに食べた。明太子の塩気が舌に強く、プリンの甘さを先に想像した。
洗濯物は、洗濯槽の中で静かになっている。サラダのふたには照明が白く映っていた。
真帆はグループチャットに「今週は休むね。また次誘って」と送った。すぐに既読がつかなくても、胸のあたりは少し軽かった。
サラダは明日の朝でもいい。洗濯物も、起きてからもう一度すすげばいい。
今夜は明太子パスタとプリンだけで、誰かの面倒を見ない自分に戻ることにした。
プリンのふたをめくると、表面が少し揺れた。真帆は小さなスプーンで端からすくう。今日できなかったことの数ではなく、今ここで甘いと感じられることを、眠る前の最後の記録にした。