ハンカチ・リレー七十四メートル
土曜の百貨店は、人であふれていた。
食品売り場で、杼口佳里は、前を歩く老婦人の鞄から花柄のハンカチが落ちるのを見た。
「落としました!」
声は試食販売の呼び込みに消えた。佳里は拾って走ったが、カートの列に阻まれた。
「魚売り場の人、お願いします!」
鮮魚係が受け取り、老婦人を追った。だが途中で、氷を運ぶ台車が道をふさいだ。
「レジ三番、次!」
ハンカチはレジ係へ渡り、買い物かごの上を越え、サービスカウンターへ届いた。館内放送を頼もうとした瞬間、老婦人がエスカレーターへ乗るのが見えた。
今度は配達員が箱を置いて駆け、二階の靴売り場へ渡した。店員は片方だけ試着中の客へ断り、その客がスリッパ姿のまま追った。
「お客さま、靴!」
「あとで戻る!」
途中、化粧品売り場の店員が香水瓶を避け、喫茶店の給仕が盆を高く掲げて道を空けた。何が起きているのか知らない客まで、リレーを見ると自然に左右へ分かれた。
ハンカチは、七人の手を通った。
玄関前で、老婦人はバスへ乗ろうとしていた。最後に受け取った警備員が笛を鳴らし、運転手が扉を待ってくれた。
佳里が息を切らして到着すると、老婦人は花柄を両手で包んでいた。
「姉が縫ってくれたものなの。今日、姉の納骨へ持っていくつもりで」
隅には、小さく二人分の頭文字が刺繍されていた。片方は少し曲がっている。
「姉は縫い物が苦手でね。これ一枚でやめたのよ」
老婦人は笑ったあと、泣いた。
佳里の後ろには、鮮魚係、レジ係、配達員、靴売り場の店員、それから片方だけ革靴を履いた客まで集まっていた。誰も、自分が届けたとは言わなかった。
バスが出ると、全員で手を振った。試着中だった客は、ようやく自分が右足だけスリッパなのに気づき、泣き笑いの輪をもう一度笑わせた。
後日、百貨店の休憩室に一枚の写真が届いた。姉妹の墓前に、あのハンカチが広げられている。裏にはこうあった。
〈七十四メートルのあいだ、姉を八人で運んでくださって、ありがとうございました〉
店長はそれを「今月の接客表彰」にしようとした。
しかし八人の意見で、題名は変わった。
〈本日の落とし物リレー。全員、区間賞〉