バス停臨時通訳団
雨の日の夕方、商店街前のバス停で、大きなトランクを抱えた外国人男性が困っていた。
「サクラバシ、フォト、オールド」
それだけ言って、古びた写真を見せる。写真には、橋のたもとの小さな写真館と、若い男女が写っていた。
最初に応じた魚屋の主人は、「桜橋なら三番バス」と言った。
花屋の店員は、「写真館なら松葉通りでは」と反対した。
部活帰りの中学生が翻訳アプリを開いたが、雨で画面が濡れ、〈古い写真を食べたい〉と訳された。
「食べちゃだめだろ」
「分かってます」
会社員が路線図を広げ、郵便配達員が昔の町名を思い出し、バスの運転手まで発車時刻を一分延ばして話に加わった。
男性の名はジョアン。写真の二人は、四十年前に日本で結婚した両親だった。母を亡くした父が、最近ほとんど話さなくなったため、同じ場所の現在の写真を撮って持ち帰りたいのだという。
ところが写真館は二十年前に閉店し、桜橋も架け替えられていた。
皆が黙ったとき、八百屋の老婦人が写真をのぞき込んだ。
「この壁の丸い染み、見覚えがある。店は写真館じゃないよ。昔の公民館だ」
公民館は移転していたが、建物の一部だけが資料館として残っている。三番バスではなく、七番バスだった。
ちょうど七番が到着した。
魚屋がトランクを持ち、花屋が傘を差し、中学生が運転手へ目的地を説明した。会社員は停留所名を紙へ大きく書き、老婦人は「降りるところで押すのよ」とブザーを押す仕草をした。
ジョアンは何度も頭を下げた。
翌月、バス停の掲示板へ一枚の写真が貼られた。昔の写真と同じ場所で、ジョアンが一人立っている。その隣には、父親からの短い手紙のコピーがあった。
〈写真を見て、妻が笑っていた日の匂いを思い出しました。久しぶりに息子と二時間話しました〉
その下へ、中学生が油性ペンで書き足した。
〈臨時通訳団、任務完了〉
英語を話せた者は、一人もいなかった。
けれど道は、知っている人が一部分ずつ持ち寄れば、ちゃんと一本につながった。