ポケットの中で返送完了

《画面真っ暗。事故配信か?》

《声だけで七十二層って言われても信じられん》

《逢坂真白、配達員が深層ボスに勝てる設定は盛りすぎ》

 逢坂真白の端末は、制服のポケットの中で勝手に配信を始めていた。納品確認のつもりで押したボタンが、昨夜の更新で「ライブ開始」と位置を入れ替えていたらしい。

 映像には布地しか映らない。だが音だけは、七十二層の混乱を拾っていた。

 帰還門の前に《不達王》が座り込み、訓練帰りの探索者八十人を閉じ込めている。攻撃を受けるたび送り主へ同じ傷を返すため、誰も手を出せない。

 真白は深層へ来る予定ではなかった。第一層詰所宛ての荷物が転送障害で七十二層へ誤送され、配達保証を守るため階段を下りてきただけだ。ポケット内の映像は暗いままだが、位置情報と配達会社の移動記録は一秒ごとに公開されていた。

 真白は今日最後の荷物――弁当箱ほどの小包を門番詰所へ置くと、伝票の控えを一枚剥がした。

《不達王は生物。転送魔法の対象外》

《討伐隊到着まで四十分、酸素は十三分》

《ポケットから紙出した音しかしないぞ》

「宛先なし。受取拒否。では、返送します」

 真白は伝票へ、朱肉のいらない印を一度だけ押した。

 轟音が途切れた。

 端末がポケットから滑り、床を映す。そこには巨大な足跡だけが残り、不達王の姿はなかった。閉ざされていた帰還門が青く灯る。

《消えた!?》

《管理局ログ、ボスの座標が第一層の発生倉庫へ戻ってる》

《技能《返送完了》は「受領されなかった荷物」を発送元へ戻す》

《今、災害級ボスを荷物扱いしたのか》

 八十人が門へ駆け込む中、真白は端末を拾った。映像に映ったのは、汗一つない配達帽と、少し困った顔だった。

「申し訳ありません。誤配信でした」

《誤配信で深層封鎖を解除するな》

《本日の最速配達》

《不達王、今度こそ受け取り拒否される》

地上の発生倉庫から緊急映像が届いた。不達王は発送棚の「差出人不明」区画へ収まり、何度転送されても同じ場所へ戻っている。

《倉庫側の監視映像とも時刻一致》

《八十人の帰還記録、欠員ゼロ》

 真白は報酬の話より先に、預けた小包が時間指定内に届いたかを確認した。

 迷宮運営の検証通知が画面上部へ届く。

【不具合なし。固有技能による正規返送を確認】

 直後、切り抜き動画の題名が更新された。

【配達員、ボスを発送元へ返品――所要一秒】