マスキングテープの境界線
金曜の夜、美羽が帰ると、右半分に白いケーキ箱があった。佐和の好きなチョコではない。リボンには、取引先のロゴ。美羽はそれだけで、佐和がまた職場で「若いから」と押しつけられたと分かった。
「食べるの?」
「明日、捨てる」
「期限は今日」
「じゃあ今日捨てる」
佐和はソファに座ったまま、靴下だけ脱いだ。美羽は箱を開けた。小さなホールケーキに、プレートが刺さっている。『佐和ちゃん、寿退社おめでとう』。佐和は結婚どころか、誰かと暮らす予定もなかった。
美羽はプレートを見つめた。怒るとすぐメールを書く美羽と、怒ると笑ってしまう佐和は、昔から揉め方が違う。
「会社に言えば?」
「言っても、冗談だったってなる」
「冗談で人を冷やすなよ」
佐和は笑わなかった。美羽は包丁を洗い、四等分に切った。佐和が「食べない」と言ったので、美羽は二切れを皿にのせ、残りを保存容器に入れた。それから、プレートだけをキッチンペーパーで包む。
「何してるの」
「明日、証拠として持っていく」
「姉ちゃん、すぐ戦争にする」
「戦争じゃない。返品」
佐和はしばらく黙り、立ち上がって冷蔵庫のテープを剥がした。左右に分かれていた棚が、急にただの棚になった。美羽は新しいテープを出しかけて、やめた。
二人はケーキを一口ずつ食べた。甘すぎる、と佐和が言い、美羽も同じ顔をした。翌朝、二人はプレートを封筒に入れた。佐和が宛名を書き、美羽が封をした。価値観は違うまま、同じ封筒を会社の受付に置きに行った。
帰宅後、佐和は冷蔵庫の中に残ったケーキを見て「右半分、返す」と言った。美羽は「返却先が違う」と返した。新しいテープは貼らなかった。代わりに、二人で棚板を一枚外して洗った。境界線を作り直す前に、甘い匂いだけを流した。