一名様の窓側席
眞帆のスマートフォンに、午後九時ちょうど、二通の案内が届いた。
一通は、登録したまま一度も参加していない交流会からだった。
〈二十九歳以下限定。残席一。今夜十時まで〉
もう一通は、冬の湖へ向かう夜行バスのキャンセル待ち当選通知。
〈窓側・一名様。追加料金八千四百円〉
同じ土曜日だった。
三十歳になる前に誰かと出会ったほうがいい、と眞帆はこの一年、数字に追われるように思っていた。二十九歳以下という文字は、閉まりかけた改札に見える。ここで交流会を選ばなければ、自分から未来を狭めるのではないか。
一方で湖は、五年前から見たかった。夜明け前、凍った水面が青く光る写真を、いつも端末の待ち受けにしている。過去二回、同行者の予定が合わずに見送った場所だった。次こそ誰かと、と言っているうちに五年が過ぎた。
けれど一人参加には追加料金がかかる。二人なら必要のない八千四百円は、独身でいることへの罰金みたいだった。夜行バスの座席図では、眞帆の隣だけが灰色の空席になっている。
机の上にメモを二枚置いた。
〈誰かに会う未来〉
〈一人で湖を見る未来〉
どちらにも、その先は書けなかった。交流会で何も起きないかもしれない。湖を見た帰り道、隣席の空白が急に寂しくなるかもしれない。
十時まで、あと四分。
眞帆は交流会の画面を閉じ、バス会社の支払い欄へカード番号を入れた。決済直前、八千四百円の数字がもう一度表示される。
高い、と声に出した。
それでも「確定」を押した。
一人で楽しめる人間になれば寂しくない、なんて思っていない。湖を見ても、帰宅した部屋で不安になる日はきっとある。今日選ばなかった交流会を惜しむ夜もあるだろう。
ただ、誰かが現れるまで見たい景色を保留にする生き方を、今回は選ばなかった。
発券された電子乗車票には、〈一名様・窓側席〉とあった。眞帆はそれを待ち受けの湖の隣に保存した。
正しい座席ではない。空席の重さも、追加料金も、自分で払うと決めた席だった。