七分遅れの各駅停車

いつもの各駅停車が七分遅れた。

たった七分なのに、ホームには知らない時間が生まれた。普段なら挨拶だけして別々の扉から乗る宇田川花澄と梶谷景臣が、ベンチの端と端に座っている。

「遅刻、確定だね」

花澄が言うと、景臣は電光掲示板を見たまま頷いた。

「一時間目、古典だから大丈夫」

「何が?」

「先生も遅刻に寛容」

「駅前に住んでるけどね、先生」

会話はそこで途切れた。線路の向こうで鳩が一羽、黄色い点字ブロックを几帳面に歩いていた。

花澄は鞄から小さな缶のココアを出した。自販機で買ったばかりなのに、手の中で何度も回している。

「来月、引っ越すんだ」

景臣がようやくこちらを向いた。

「どこへ?」

「県外。父の転勤」

言ってしまえば三秒だった。教室で一か月言えなかったことが、電車の来ないホームでは簡単に口から落ちた。

景臣は驚きも慰めもせず、時刻表を見上げた。

「じゃあ、この電車に乗るの、あと十九回くらいか」

「数えたの?」

「平日だけ。行事日程は知らない」

花澄は笑った。笑うつもりはなかったのに、声が線路へ転がっていった。

二年間、同じ時刻の同じホームに立ってきた。景臣が雨の日だけ革靴を嫌そうに見ることも、花澄が月曜日には必ず眠そうなことも、互いに知っている。それなのに、どこへ進学したいかも、休日に何をしているかも知らない。毎朝会えるという安心は、話さないための言い訳にもなっていたのだと、花澄は初めて気づいた。

やがて遠くで踏切が鳴り、カーブの向こうに銀色の車体が見えた。ホームの人々が一斉に立ち上がる。

景臣も立ったが、いつもの乗車位置へは移動しなかった。花澄の隣に並び、閉じたままのココアを指さした。

「それ、ぬるくなるよ」

「緊張してたから」

「引っ越しの話?」

「ううん。君に話すの」

電車が風を押しながら入ってきた。景臣の前髪が乱れ、花澄のスカートが揺れた。

扉が開く。

「十九回、全部ここで待とう」

景臣はそう言って、いつもとは違う扉に乗った。

花澄も続いた。七分遅れの車内は混んでいたけれど、二人の間だけには、十九日分の場所が空いていた。