七時に起きる理由

樒原砥良の一日は、平均で二十六時間あった。眠くなれば眠り、目覚めれば食事が届く。働く必要も、店の開く時間も、列車の終電もない。時計は健康管理端末の隅で、ほとんど飾りになっていた。

砥良はいつからか、起きた直後に疲れていた。友人との会話は「今起きた」「じゃあまた今度」で終わる。診療AIは異常なしと判定し、より深い睡眠を勧めた。

誕生日にも、誰かと同じ時刻に集まる習慣はなかった。映像祝賀は各自の都合に合わせて再生され、返事もAIが自然な間隔へ調整する。砥良は三十歳の誕生日を、三日後に届いた母の祝辞で知った。悲しくはなかった。ただ、自分の時間が他人の時間と一度もぶつからないことが、薄い恐怖になっていた。

ある日、玄関に紙が挟まっていた。

――明朝七時。屋上で日の出を見ます。一人では寝過ごすので、誰か来てください。

紙に書く人間が珍しく、砥良は目覚ましを設定した。六度止め、七度目で床に落ち、七時十二分に屋上へ駆け込んだ。そこには小学生くらいの男の子が一人、雲の向こうを睨んでいた。

「遅い」

「ごめん。もう出た?」

「曇ってるから、まだということにする」

二人は何も見えない空を二十分眺めた。帰り際、少年は来週分の紙を渡した。

砥良は毎週、七時に起きた。晴れた日も雨の日も、少年はいた。やがて老人が一人、犬を連れた女性が一人と増え、誰かが湯を沸かすようになった。砥良は屋上の鍵を預かり、前夜には靴を揃えた。

少年が紙を配る理由を聞いたことがある。

「みんな時間が違うと、約束ができないから」

「約束すると何がいい?」

「来なかった人を心配できる」

砥良には、その答えがしばらく理解できなかった。便利な社会では、来ない人は予定を変更しただけで、心配する必要がない。だが毎週同じ顔を見るうち、欠けることにも輪郭が生まれた。

冬の朝、少年だけが来なかった。端末には、彼が肺炎で入院したという短い連絡が届いた。砥良は鍵を持ったまま迷った。自分が行かなければ、誰も困らない。日の出は自動で昇る。

それでも屋上へ上がると、七人が扉の前で待っていた。

「今日は中止ですか」と老人が聞いた。

砥良は鍵を回した。

「いいえ。僕が起きていますから」

その朝、太陽は雲に隠れていた。それでも七時は、久しぶりに一日の始まりだった。