七番窓口の仮婚約

王立術科学院の入学手続きには、平民だけが通される七番窓口がある。そこで奨学金の代わりに貴族との仮婚約を結ばされた奏真は、三年後、婚約者の家が起こした横領の保証人として退学させられた。潔白を訴える間もなく魔力を封じられ、気づけば入学初日の列に戻っていた。

真鍮のペン。赤い糸で綴じた書類。無愛想な係官の台詞も同じだ。

「ここに名前だけ書けば結構です」

一度目は、後ろに並ぶ受験生の視線が怖くて署名した。奏真は今度、そのペンで最終頁の端を指した。

「名前を書く前に、別紙三をください」

「そんなものはない」

「あります。綴じ糸の穴が一枚分ずれている」

係官の顔色が変わった。奏真が糸をほどくと、机の裏に薄い紙が貼りついていた。仮婚約の同意書ではない。婚約者一族の損失を無制限に引き受ける保証契約だ。

隣の席にいた候補令嬢・沙羅が立ち上がる。

「私、その条項を聞いていません」

前の人生の彼女は、裁判で奏真を「自分から署名した詐欺師」と呼んだ。だが今の声には怒りではなく驚きがあった。

係官が紙を奪おうとする。奏真は書類を魔力検査板に押しつけた。偽造紙なら灰色、正規紙なら青く光る板が、血のような赤に染まる。学院長室へ直結する警報色だった。

「仮婚約は拒否します。奨学金も、正規の審査を受けます」

貧しいから選べないと思っていた。けれど前の人生で首席まで上りつめた知識も、三年間磨いた術式も、すべて彼の中に残っている。失うのは、最初から罠だった近道だけだ。

係官の袖から、同じ赤糸で綴じた契約書が何冊も落ちた。奏真だけを狙った罠ではない。後ろに並んでいた平民の受験生たちが、次々と署名用のペンを机へ戻す。沈黙していた列が、初めて味方になった。

鐘が一度鳴り、受付票の文字が更新された。

《保証契約:未締結》

《特別実技審査:即時実施》

そして、前回は最後まで彼を見ようともしなかった沙羅が、初めてまっすぐ顔を上げた。

「奏真さん。見つけてくれて、ありがとう」