三・八パーセントの穴
飲料メーカーの包装資材査定会議で、藤ノ木航太は段ボール会社の原価担当として呼ばれた。得意先の桐生院資材部長は、納品箱の「品質改善費」として売上の三・八パーセントを差し引く新契約を示した。
理由は、輸送中のへこみが増えたからだという。契約書の別紙には不良率三・八パーセントとあり、先月分百六十万円を相殺すると記されていた。
航太は返品票を数え直した。納品四十二万箱に対し、へこみ報告は千五百九十六箱。不良率は〇・三八パーセントだった。
「小数点の位置が違います」
桐生院は、目視検査で発見した潜在不良を含むと答えた。しかし潜在不良の記録はなく、写真も返品品もない。あるのは三・八という数字だけだった。
航太は元データの表計算を開いた。セルには「=1596/420000」。表示形式は百分率で、本来〇・三八パーセントになる。だが印刷用シートでは、その結果にさらに十を掛けていた。数式の作成者は桐生院、更新時刻は会議前夜の午後十一時五十一分。
「誤計算なら直す」と桐生院は言った。
「ただし改善費そのものは必要だ」
航太は破損品の配送記録を出した。千五百九十六箱のうち千四百二十箱は、飲料メーカーの倉庫へ納品後、規定の二倍まで積み上げられた区画に集中していた。箱の強度試験はすべて合格。へこみの原因は、倉庫側の積載方法だった。
航太の社長は、取引額を失う恐怖から俯いている。桐生院はその様子を見て、三・八を一・九に下げてもいいと譲歩した。
航太は首を振った。
「穴が小さくなっても、ない数字から引く契約には押せません」
航太は、三・八パーセントを適用した過去六か月の相殺額も集計した。合計九百万円。元請けは毎月、同じ数式で不良率を十倍にしていた。桐生院は担当者の単純ミスだと責任を押しつけたが、各月の最終承認欄には本人の電子印が六つ並んでいた。
飲料メーカーの経理役員が相殺決裁書を閉じた。三・八パーセントの穴から抜かれるはずだった百六十万円は、支払欄の手前で止まった。