三分早い父

父は、子どもの行事にいつも遅れた。

運動会、授業参観、発表会。

仕事を抜けると約束し、開始時刻の十分後に息を切らして現れる。

それなのに子どもは、

「最初からいたよ」

と言った。

写真にも、父が客席で拍手している姿が写っている。

父自身には、その時間の記憶がない。

子どもと交わした約束に遅れると、開始三分前にもう一人の父が現れ、本物が着くまで役目を代わるらしい。

次の合唱会の日、父は仕事を断った。

今度こそ間に合うはずだった。

だが駅で電車が止まり、会場へ着いたのは開演直後。

扉の小窓から、自分が見えた。

客席の中央で背筋を伸ばし、子どもの歌へ大きく拍手している。

父は入れず、廊下から見守った。

曲が終わり、もう一人の父は隣の保護者へ言った。

「うちの子、緊張すると左足で拍を取るんです」

父が知らない癖だった。

代役の方が、よく見ていた。

胸が冷えた。

自分がいなくても、よりよい父親が役目を果たしている。

家族にはこちらの方が必要ではないかと思った。

休憩時間、子どもが客席へ来た。

もう一人の父は完璧な笑顔で、

「上手だった」

と言った。

子どもは首を傾げた。

「違う」

「何が?」

「お父さんなら、最初に『口が魚みたいだった』って笑う」

代役は答えられなかった。

子どもは廊下を見て、本物の父を見つけた。

「また遅れた」

怒った声だった。

父が扉を開けると、もう一人の自分は席を立ち、誰にも気づかれず消えた。

「代わりの方が、ちゃんとしてた」

父が言うと、子どもはうなずいた。

「拍手も大きいし、動画もぶれない」

「じゃあ、あっちでいいだろ」

「でも、あっちは私をからかわない」

褒められたいだけではなかった。

毎日の失敗や癖まで知る相手に、そこへいてほしかったのだ。

父は次の行事から、間に合うと言わなくなった。

仕事の予定を見せ、

「最初からは難しい。二曲目までには行く」

と約束した。

無理な日は、無理だと前日に伝えた。

代役は二度と現れなかった。

ある発表会で父は一曲目を逃し、二曲目の途中に着いた。

子どもは舞台から見つけ、左足で拍を取りながら笑った。

父は魚の口のようだと、あとでちゃんと笑った。