三分遅れの巡回

留置人が死んだ午前二時三十分、巡回簿には仙波康成巡査部長の印があった。

石榑知佳監察官は、仙波を聴取室へ呼び、紙の巡回簿と電子錠の履歴を並べた。死因は窒息。公式説明では、十五分前には会話ができ、次の巡回で首をつっているのを発見した。仙波は確認を怠ったとして、停職処分を受け入れる供述書へ署名する予定だった。

「二時三十分、房の前まで行きましたか」

「はい」

「鍵を開けたのは二時三十三分です」

仙波のまぶたが動いた。

電子錠には、三分遅れて別の職員番号が記録されていた。留置主任の管理カード。しかも扉は内側からではなく、廊下側の操作盤で開けられている。

「あなたの印は二時三十分。誰が先に入ったんです」

「知りません」

「では、なぜ三分を隠したんです」

仙波は黙り、爪で机の傷をなぞった。

隣室で監察副室長が腕時計を見ている。処分決裁は一時間後だ。死んだ男は、取調べで刑事から暴行を受けたと弁護士へ手紙を書いていた。留置部門の怠慢にすれば、刑事部へ火は移らない。

知佳は電子錠の記録を拡大した。管理カードの使用者は、当夜の当番主任ではない。刑事課長の臨時貸出番号だった。

「三分の間に、課長が房へ入った」

仙波の喉が鳴った。

「あなたはその後で入り、男がまだ息をしているのを見た。救急要請を止められた。違いますか」

「俺が三分遅れたことにすれば、家族には見舞金が出ると言われた」

「誰に」

仙波は鏡の向こうを見た。

「そこにいる人にです」

鏡の向こうで椅子が軋んだ。知佳には、その音だけで誰が立ち上がったか分かった。

内線が鳴る。副室長の声は低かった。

『電子錠は機器誤差で処理しろ。仙波本人が認めている』

知佳は供述書の「巡回懈怠」に二本線を引いた。代わりに「救護妨害」「記録改ざん」「指揮命令系統」と打ち込む。

仙波が青ざめた。

「それを書けば、留置だけじゃ済みませんよ」

「だから監察があるんです」

知佳は生データを添付し、提出先に外部監査委員会を加えた。副室長が鏡の向こうで立ち上がる影を見ながら、報告書を確定した。