三十二枚目の答案

 六年二組の担任、荻津正哉は、理科の小テストを採点していて手を止めた。

 クラスは三十一人なのに、答案が三十二枚ある。

 余分な一枚には、出席番号三十二番とだけ書かれ、氏名欄は空白だった。鉛筆の筆圧と、右上がりの癖には見覚えがある。

 四月に転校した守谷久音の字だった。

 正哉は、久音の家庭の事情に触れないよう、クラスへ説明していた。転校先も住所も教えられない。連絡を取ろうとしてはいけない、と。

 答案の答えは妙だった。

〈植物が育つために必要なものを三つ書きなさい〉

 光、水、空気。ぼくには四か月、光がありません。

〈音が固体を伝わる例を一つ書きなさい〉

 理科準備室の床を叩くと、授業中の教室まで聞こえます。

〈土の中の生物を一つ書きなさい〉

 ぼく。

 正哉は答案を丸め、ごみ箱へ押し込んだ。

 放課後、誰もいない教室で紙を燃やそうとすると、背後の机から鉛筆の音がした。

 振り返っても、三十一脚の机が並んでいるだけだった。

 翌朝、校長が正哉を呼び出した。

「守谷君のお母さんが、警察へ相談したそうだ」

「転校したはずでは?」

「正式な転校手続きは出ていない。君が、家庭の事情で長期欠席すると報告したんだろう」

 正哉は何も答えなかった。

「失踪当日、守谷君の端末から母親へ『遠くへ行きます』と送られている。だが本人は、文末に必ず句点をつける子だったそうだ」

 校長はさらに、警察が校内を捜索すると告げた。

「特に、旧理科準備室の周辺を調べたいと言っている」

「床下には何もありません」

 正哉は即座に言った。

 校長が顔を上げた。

「床下とは言っていないが」

 その日の五時間目、警察官が校庭へ入ってきた。

 正哉は平静を装い、いつものように出席を取った。

「三十一番」

「はい」

 そこで名簿は終わる。

 けれど教室のいちばん後ろ、四月に片づけたはずの机から声がした。

「三十二番、います」

 児童たちは一斉に振り返った。

 机の上には、昨夜燃やした答案が広げられていた。

 裏面に、新しい設問が増えている。

〈先生が、聞かれていないことを答えてしまうのはなぜですか〉

 解答欄には、正哉の名前が何度も書かれていた。