三度目の発車ベル
音声配信者の玻名城航は、怪談を信じないことを売りにしていた。深夜の現地収録も、編集で反響を足せば再生数が伸びる程度の仕事だと思っていた。
その晩、終電が信号待ちで止まり、扉が開いた。ホームの柱には「鐘待」とある。路線図にも乗換案内にもない駅だった。
航は配信を始めた。
【00:01:12】
「鐘待駅。検索結果ゼロ。これは当たりかも」
すぐに古参リスナーから音声メッセージが届いた。
《そこでは、三度目の発車ベルが鳴っても電車に乗ってはいけない。一度目と二度目は帰る列車だ。三度目は、乗った人を帰ったことにする》
最後の一文の意味は分からなかった。
一度目のベルが鳴った。反対側の線路を、窓のない列車が通過した。
二度目のベルが鳴った。ホーム端の暗闇から、空の回送電車が滑り込んだが、扉は開かなかった。窓には帰宅した航の部屋が映り、ベッドの上で誰かが毛布をかぶっていた。
寒さで指が動かなくなったころ、三度目が鳴った。今度は見慣れた車両で、車内には暖色の灯りがつき、航の自宅最寄り駅が行先表示に出ていた。
コメント欄は「乗るな」で埋まった。それでも航は、罠なら撮れ高になると笑い、開いた扉をまたいだ。
車内には誰もいなかった。扉が閉まる直前、ホームのスピーカーから航自身の声がした。
『ご乗車を確認しました』
録音はそこで切れている。
目を覚ますと、自宅のベッドだった。靴も機材も枕元にあり、配信は正常終了していた。ただし公開された音源は七時間あり、三度目のベル以降、無音の中で車輪だけが回り続けていた。
翌朝、スマホの時計アプリに見覚えのないアラームが増えていた。
《鐘待 6:12 毎日》
削除しても戻った。二日目はベルが二回鳴り、三日目の朝、三回鳴った。
画面には「停止」も「スヌーズ」もなく、緑色のボタンが一つだけ出ていた。
《発車》
航が触れていないのに、ボタンは沈んだ。
寝室のドアから、電車の戸閉め音がした。続いてスマートスピーカーが、いつもの穏やかな声で告げた。
「駆け込み乗車はおやめください。玻名城航さんは、すでにご帰宅済みです」