三時だけ進む時計
祖母の家の柱時計は、いつ見ても三時だった。
「壊れてるの?」
五歳の僕が聞くと、祖母は煎餅の缶を開けながら言った。
「おやつの時間だけ、忘れない時計なの」
僕は信じた。
日曜に遊びに行くと、時計の針は三時を指している。だから到着したばかりでも、煎餅や羊羹が出た。食べ終えると祖母は長い針を少し戻し、「まだ三時」と言って、もう一枚くれた。
母は「甘やかさないで」と叱った。
「時計が決めたんだから仕方ないよ」
祖母は真顔で答えた。
小学生になると、僕にも時計の読み方が分かった。秒針は動いていない。裏のねじを巻けば直ることも分かった。
ある日、祖母が台所にいる間に、踏み台へ乗ってねじを巻いた。柱時計は大きく咳をしたように鳴り、針が進み始めた。
祖母は戻ってくると、動く時計を見上げた。
「直したよ」
褒められると思ったのに、祖母は少し寂しそうに笑った。
「そうかい。時間が進んじゃったね」
翌春、父の転勤で遠くへ引っ越した。
それから電話をするたび、祖母は「こっちは三時だよ」と言った。朝でも夜でも三時だった。
中学生になるころ、祖母は足が弱くなり、私たちの町の施設へ移った。荷物は小さな箪笥と、あの柱時計だけだった。
部屋の壁に掛けると、時計は五時四十分を指していた。運送中に針が動いたらしい。
「直そうか」
僕がねじへ手を伸ばすと、祖母は首を振った。
「そのままでいいよ。今度は、あんたが来る時間を覚えさせる」
学校帰りに寄れるのが、ちょうど五時四十分だった。
それから時計は、その時刻で止まった。
僕が部活で遅れた日も、試験で来られなかった日も、祖母の部屋だけは五時四十分のままだった。扉を開けると祖母は煎餅の缶を持ち上げた。
「ほら、ぴったり」
「時計、止まってるだけだよ」
「知ってる」
祖母は笑った。
「止めておけば、待った時間にならないだろう?」
僕は煎餅を一枚取り、長い針をほんの少し戻した。
「じゃあ、まだ五時四十分」
「もう一枚食べられるね」
子どものころ、僕は祖母の時計が壊れていると思っていた。
本当は、離れている時間を短くするために、同じ時刻を守ってくれていたのだ。