三本目を射たない

「矢は三本で十分だ。的の中心を射抜け」

 北辰武学院の入学試験。教官の号令も、砂埃の匂いも、巴彦の左手に渡された赤い羽根の矢も、前の人生と寸分違わなかった。

 あのとき巴彦は一射目を中央へ当て、二射目も重ねた。ところが三射目を放つ瞬間、的を吊るす縄が切れた。矢は見物席へ飛び、名門家の子を傷つけた。事故の責任は受験生に押しつけられ、巴彦は永久追放。後に縄へ刃を入れたのが首席候補の従者だと知っても、もう弓を持つ指は鉱山で潰れていた。

 時間が巻き戻ったのは、三射目の直前だった。

「二本とも中央だ。次で合格だぞ」

 隣の受験生が囁く。前と同じ台詞。巴彦はつがえていた赤羽の矢を下ろした。

「棄権か?」

 教官が眉を上げる。

 前の人生では「射ちます」と答えた。

 今度は違う。

「いいえ。三本目は、的へ射ちません」

 巴彦は身体を九十度回した。見物席がどよめく。弓が向いた先は人ではない。的場の端、風向きを知らせる小さな銅鐘だった。

 弦を放つ。

 赤羽の矢は鐘の吊り輪を貫き、甲高い音を響かせた。その振動で、的を吊るす縄から細い刃が落ちた。砂の上に銀色の針が突き刺さる。

「切断具です」

 巴彦が言うのと同時に、縄は前の人生と同じ時刻に切れた。的が倒れる。だが三本目の矢は巴彦の手元にはなく、誰も傷つけない。

 教官の顔色が変わった。落ちた刃には首席候補家の紋が刻まれていた。観客席の貴族が隠そうと踏み出すより、巴彦は赤羽の矢で刃のすぐ脇を射抜く。証拠は砂に埋もれず、全員の目の前で震え続けた。

「なぜ分かった」

「二射目のあとだけ、縄が風と逆に揺れました」

 本当は未来で知った。それでも観察した事実は嘘ではない。

 首席候補の従者が逃げようとした瞬間、警備兵が肩をつかむ。袖から同じ銀針が二本こぼれ、言い逃れまで封じられた。前の人生では巴彦を拘束した二人だった。

 試験場の掲示板に、予定より早く一行が刻まれた。

【戦術科・特別合格 風見巴彦】

 教官は倒れた的ではなく、巴彦へ深く頭を下げた。