三番線の雨粒
水科遼一が無人駅の三番線へ着いた直後、雨が屋根を激しく叩き始めた。
次の列車は四十分後。ホームには遼一と、制服姿の高校生が一人いるだけだった。
遼一は出張先からの帰りだった。
一本早い列車へ乗るつもりが、打ち合わせが延びた。駅へ着けば大雨で、運行情報には「状況確認中」と表示されている。
「止まりそうですね」
遼一が独り言のつもりで言うと、高校生が答えた。
「この雨なら、いつものことです」
少年はベンチの端へ鞄を置き、その横を遼一へ譲った。
屋根の切れ目から吹き込む雨が、線路を黒く濡らしている。
「毎日この駅を?」
「通学で。雨の日は、帰る時間が決まりません」
「困らない?」
「家には連絡します。夕飯を先に食べてって」
その言い方が妙に慣れていた。
駅舎の自動販売機は温かい飲み物だけ売り切れていた。
少年が鞄から小さな水筒を出す。
「麦茶ならあります」
「君の分でしょう」
「母が大きいのを持たせるので、余ります」
蓋へ少し注いでもらうと、焙じた麦の香りがした。もう冷めていたが、雨の冷気の中では不思議と温かく感じた。
「僕、来年はこの町を出るんです」
少年が線路を見たまま言った。
「大学?」
「たぶん。でも、駅で待つ時間がなくなるのは少し寂しいかも」
「今は退屈なのに?」
「退屈だから、覚えてることもあります」
遼一は、自分が毎朝使う駅の景色をほとんど思い出せないことに気づいた。
発車時刻と乗換案内ばかり見て、ホームの柱の色も、向かいの建物も知らない。
三番線の向こうには小さな畑があり、雨を受けた里芋の葉が大きく揺れていた。
やがて放送が流れ、列車は十五分遅れで到着するという。
少年は水筒をしまい、「今日は早い方です」と笑った。
雨は列車が来る前に弱まった。
雲の隙間から夕日が差し、線路の上の雨粒が細く光る。
列車へ乗ると、遼一と少年は別々の席へ座った。会釈だけ交わし、その後は話さなかった。
窓の外を畑と濡れた屋根が流れていく。
遼一の口には麦茶の香ばしさが残り、濡れたホームの匂いが車内の暖気へ混じった。
遅れた十五分は、失った時間ではなく、知らない駅の景色を一つ覚えた時間になっていた。