乾燥まで二十七分
乾燥まで二十七分。
私は黄色い椅子に座り、膝の上でスマートフォンを伏せた。
明日の朝に着るブラウスへコーヒーをこぼしたのは、残業中の午前零時だった。予備の服はある。それでも、あのブラウスでなければ会議に負けるような気がして、帰宅せずコインランドリーへ来た。
蛍光灯が天井で細く唸っている。乾燥機は、ごう、ごう、と一定に回る。窓の外では雨がアスファルトを磨き、車が通るたび白い水しぶきが横へ走った。
残り二十四分。
仕事のチャットには未読が三件増えた。開けば眠れなくなる。開かなくても内容は想像できる。私は画面を伏せたまま、隣の椅子に置かれた古いパズル雑誌を見た。
表紙の角が丸くなり、鉛筆が一本、背の間に挟まっている。クロスワードは半分だけ埋まっていた。四文字の空欄の横に、「夜に目を閉じること」と細い字で書かれている。
答えは分かった。三文字なら「眠り」、四文字なら別の言い方だろう。前後の文字を追いかけたが、考えるほど分からなくなった。私は鉛筆へ手を伸ばさず、書かなかった。
残り十九分。
乾燥機の中で白い袖が持ち上がり、落ちる。ボタンが金属の内側に触れ、かち、かち、と遅れて鳴った。空調の風で雑誌のページが一枚だけめくれる。
入口のベルが鳴った。
濡れた髪の女性が入ってきて、迷いなく雑誌を取り上げた。私を見たのかどうか分からないほど小さく頭を下げ、鉛筆を耳に挟む。奥の洗濯機へ硬貨を入れると、また外へ出ていった。自動販売機へ行ったらしい。
雑誌のあった椅子には、四角い温度だけが残った。
残り九分。
私はスマートフォンの電源を切った。明日の仕事はなくならないし、乾燥機も早くは回らない。ならば九分くらい、何も受け取らなくていい。
機械の回転と雨音を聞いた。ごう、ごう。ざあ、ざあ。数字は一つずつ減った。
ブラウスは完全には皺が取れなかった。襟元に小さな折れ目が残っている。それでも温かく、コーヒーの匂いは消えていた。
明日の私には、まず乾いた一枚があればいい。そう思って、私は夜の道へ出た。