予約席の赤い札
昼時のファミリーレストランで、木賊森宗牙は〈車椅子利用者予約席〉の赤い札を床へ落とし、六人掛けのテーブルへ一人で座った。
店員が予約客の到着を伝えると、木賊森はメニューを丸めた。
「空いてたから座ったんだ。俺を動かしたいなら料理を無料にしろ。待たせた慰謝料も付けろ」
店員が別席を案内しても、木賊森は立たない。入口には車椅子の老婦人と家族が待っていた。
「そんなの後でいいだろ。歩けないなら外食するなよ」
その言葉に、隣の席から黒い革ベストの大男が立った。坊主頭で腕は丸太のようだったが、老婦人へ向ける声は穏やかだった。
「お母さん、少しだけ待ってください」
木賊森が睨む。
「身内か? 脅す気なら警察呼ぶぞ」
「どうぞ。私は二ツ森泰雅。弁護士です。この人は母です」
二ツ森は母の車椅子を家族へ任せ、床の赤い札を拾った。
「予約席の表示を外して占有し、店員へ金銭を要求した。しかも、移動できない人を侮辱した。あなたが今から通報すれば、店側も事情を説明しやすいでしょう」
木賊森は、先に座った者が客だと叫んだ。
若い店員が店内カメラの映像を店長へ見せた。木賊森は入店直後、赤い札を裏返し、店員が来るまでスマートフォンで自分を撮影していた。配信画面には〈予約席を奪ったら店がどこまで譲るか実験〉という文字が残っている。
「企画だよ。店の宣伝にもなるだろ」
「他人の不便を使う企画に、店も母も同意していません」
二ツ森が言うと、店長は木賊森の注文を取り消し、退店と今後の入店禁止を告げた。さらに、赤い札を踏み割った代金と営業妨害について、運営会社の法務部から連絡すると通知する。
木賊森は椅子へしがみついたが、通報を受けた警備員が到着した。周囲の客も、一斉に自分のスマートフォンを掲げる。怒鳴り声も、札を投げた場面も、複数の角度から残っていた。
木賊森が連れ出され、二ツ森の母が中央の席へ案内される。
店員が新しい赤い札をテーブルへ戻した瞬間、力ずくで奪った男の席だけが、店内のどこにもなくなった。