事故の順番

 六歳の息子は、事故には順番があると言う。

「朝になると、今日けがをする人の名前が見えるんだよ」

 最初は空想だと思った。

 ある朝、息子は自分の膝を指して言った。

「今日はここを切る日。でも先生にあげたから大丈夫」

 その日の午後、幼稚園から連絡が来た。担任が割れた植木鉢で膝を切り、救急外来へ行ったという。

 次は夫だった。

「パパは駅の階段から落ちる日」

 夫は在宅勤務に切り替え、一歩も外へ出なかった。夕方、向かいの家の男性が駅の階段から転落し、意識不明になった。

「パパの事故を、あのおじさんにあげたの?」

 息子はうなずいた。

「名前が分かれば、順番を替えられるの」

 私は強く叱った。

 人の名前を使ってはいけない。事故は予言ではなく偶然だ。二度とそんな遊びをしないよう約束させた。

 息子は泣きながら、机の引き出しから紙切れを出した。

 宅配の伝票、年賀状、園の連絡網。名前の部分だけが切り抜かれ、いくつも線を引かれている。

 担任の名。

 向かいの住人の名。

 先月、交差点ではねられた新聞配達員の名。

 風呂場で転んで骨を折った祖母の名。

「今まで全部、あなたが替えたの?」

「だって、家族がけがするの嫌だから」

 その夜、紙切れをすべて燃やした。

 息子には、もう誰の名前も集めさせないと決めた。

 翌朝、息子は朝食を食べず、家族の顔を順番に見た。

「今日は大きい事故の日だよ」

「どんな事故?」

「トラックが曲がれなくなって、うちに入ってくるの」

 私は外へ出た。

 坂の上で大型トラックが荷物を積み、エンジンをかけている。運転手がタイヤを確認していた。

「名前の紙は捨てたでしょう」

「うん」

「なら、順番は替えられないのね」

 息子は首を振った。

「三人ぶん必要だったから、紙じゃなくて家族の名前を言ったよ」

 家には、私と夫と息子の三人しかいない。

「誰の名前を?」

「パパとママと、妹」

 私は息を止めた。

 妊娠したことは、まだ夫にも息子にも話していなかった。

「妹の名前なんて、ないでしょう」

「あるよ。事故の人が教えてくれた」

 坂の上で、トラックがゆっくり動き出した。

 息子は椅子の下へ隠れながら言った。

「ぼくの名前だけ、言わなかったから大丈夫」