二人分の投入口
駅前広場の後悔販売機には、左右に一つずつ投入口があった。二人の後悔を入れるときは、同じ出来事を同じ十三文字で書き、三秒以内に同時投入する。文字が一つでも違えば、紙は雨に濡れた状態で返ってくる。別れ話の前には、たいてい皆がそこで一度失敗した。
矢萩と紗和も、ベンチで紙片を膝に載せていた。
「十三文字って、句読点は?」
「一文字。数字は一文字扱い」
「知ってる」
二人は来月から別々の町に住む。紗和は転勤を断らず、矢萩はついていくと言わなかった。どちらも、そのこと自体を後悔してはいない。だから話が難しくなった。
一回目、矢萩は〈最後の旅行をやめたこと〉、紗和は〈最後の旅行を決めたこと〉と書いた。紙は濡れて戻った。二回目は、矢萩が〈電話で平気と言ったこと〉、紗和が〈電話を早く切ったこと〉。また濡れた。広場の清掃員がモップを止め、「閉店は二十三時ですよ」とだけ教えた。
紗和が笑った。
「私たち、同じことを後悔できないんだね」
「そこまで揃える必要、ある?」
「この機械ではある」
時計は二十二時五十八分だった。雨は降っていないのに、二人の足元だけ水滴が増えていた。
矢萩は、初めて一緒に出かけた日のことを思い出した。急な夕立で、売店に透明傘は一本しか残っていなかった。矢萩は自分が濡れればいいと思い、紗和は半分入ればいいと言い、結局二人とも肩を濡らした。
紙に十三文字を書く。見せ合わずに立ち、合図もせず、左右から差し込んだ。
〈傘を一本だけ買ったこと〉
機械が低く鳴り、今度は紙が戻らなかった。商品口に何かが落ちた。一本の透明な傘の柄だった。骨も布もなく、曲がった持ち手だけが二人分の雨粒をぶら下げている。
紗和は柄の右側を持った。矢萩は左側を持った。別々の改札へ歩き出すまで、二人の間には、見えない傘一本分の距離が残っていた。
改札の分岐で二人が手を離すと、透明な柄はどちらにもついてこなかった。床へ落ちもせず、二つの改札のちょうど中央に立ったままになった。終電の駅員が黄色い保管札を結ぶと、柄の先から丸い雨粒が一つ落ち、乾いた床に二人分の靴跡を一歩ずつ残した。