二本目の鍵

披露宴の帰り、結菜の小さなバッグには鍵が二本入っていた。

一本は、恋人の航平が先週渡した合鍵。青い革のカバーがついている。「式が終わったら、返事を聞かせて」と彼は言った。同棲するかどうかの返事だった。

もう一本は、不動産会社でもらったばかりの鍵。駅から十二分、六畳半、北向き。内見した部屋の窓からは、隣のマンションの非常階段しか見えなかった。それでも結菜は、その何も起きなさそうな景色を気に入っていた。

花嫁の小夜子は、式の最中に一度だけ泣いた。両親への手紙でも、指輪の交換でもない。お色直しで戻る途中、ドレスの裾を自分で踏み、転びかけたときだった。新郎が支えるより先に、小夜子は笑いながら自分で立った。その顔を見て、結菜もなぜか泣いた。

帰宅すると、航平が結菜の部屋で待っていた。合鍵を使ったのだ。テーブルには二人分のプリンがあり、テレビでは知らない芸人が笑っていた。

「楽しかった?」

「うん」

「じゃあ、次は俺たち?」

冗談の形だった。だから結菜も冗談の形で逃げられたはずだった。

バッグの中で二本の鍵が触れ、硬い音がした。

航平と暮らす未来を嫌っているわけではない。朝、先に起きた方がコーヒーを淹れること。洗濯物のたたみ方で小さく揉めること。きっと想像できる幸福だった。

けれど一人の部屋も、今しか選べない気がした。誰にも説明せずにカーテンを決め、夜中に床へ本を広げ、寂しさまで自分のものとして眠る一年。

「私、あの部屋を借りる」

航平の笑顔が止まった。

結菜は青い革の鍵をテーブルへ置いた。代わりに北向きの部屋の鍵を握る。手のひらに角が食い込んだ。

「別れたいわけじゃない。でも、待ってほしいとも言えない」

その言葉で、二人の間にあった予定表が白紙になった。

航平はしばらく鍵を見てから、プリンのふたを一つだけ開けた。結菜も自分の分を開けた。甘さは同じなのに、食べ終える速さは違った。

帰り際、結菜は新しい鍵を玄関の錠へ差し込む日を思った。正しい一年になる保証はない。ただ、青い鍵を置いたのが自分の手だったことだけは、もう誰のせいにもできなかった。