二杯目はまだ注文しない

宮前梨沙は、閉店一時間前のカフェ〈双葉〉で、オーツラテを二杯頼んだ。

「一杯はシロップなし。もう一杯は蜂蜜を少し」

赤いベストのバリスタ、砥上千景は、角砂糖を二個ずつ皿へ並べる癖がある。今日も白い立方体を几帳面にそろえながら、空いた向かいの席を見た。

「二杯目は、決めてから」

「友達が来るんです」

「まだ来ると決まっていません」

スマートフォンには、親友の美緒から『少し遅れる』と届いていた。三十分前のメッセージなのに、梨沙は既読をつけられない。

一週間後、美緒は結婚する。その美緒から昨夜、元恋人と会うための口実に名前を貸してほしいと頼まれた。『梨沙と式の打ち合わせをしていたことにして』。理由を聞く前に、梨沙は反射的に「いいよ」と返してしまった。

「友達の秘密を、婚約者に言うべきでしょうか」

千景は一杯目だけを作り、梨沙の前へ置いた。蜂蜜の入った、梨沙自身のラテだった。

「あなたが決める話ではありません」

「でも、黙っていたら嘘に加わることになります」

「もう加わっています」

赤いベストの胸元で、銀のネームプレートだけが冷たく光った。梨沙が言葉を失うと、千景は角砂糖を一組崩した。

「秘密を暴くか、守るか。その二択にすると、あなたが主役になる」

「じゃあ、どうすれば」

「貸した名前を返してもらうんです。今夜中に自分で話さないなら、私は嘘をつけない、と」

それは告発よりも怖かった。親友に嫌われる可能性を、自分で引き受けなければならない。

千景は二杯目の空のカップに、油性ペンで時刻を書いた。二十一時三十分。

「ここまで待ちます。電話するなら、奥の席は音楽を切ります」

ぶっきらぼうに言い、店内のスピーカーを一つだけ消してくれた。

梨沙は美緒へ電話した。声が震えた。美緒は長く黙り、やがて「今から行く」と答えた。元恋人に会った理由も、婚約者に隠していることも、来て話すと言った。

通話を切ると、千景はようやく二杯目の豆を挽いた。

「シロップなしでしたね」

「はい。美緒、甘いものが苦手で」

「知っています」

千景は、美緒の名前が入った古いポイントカードをレジの下から出した。梨沙より前から、この店の客だったらしい。

角砂糖を二個、今度は離して置く。一つを梨沙の皿へ、もう一つをまだ空いている席へ。

「二杯目は、決めてからって、飲み物のことじゃなかったんですね」

梨沙が尋ねると、千景は赤いベストのボタンを一つ留め直した。

「嘘のことです。一杯目を飲んだからといって、二杯目まで注文する必要はない」

入口のベルが鳴った。美緒が濡れた髪で立っていた。

千景は二人分のカップを並べ、崩した角砂糖の間に、まっすぐ一本のスプーンを置いた。