二歳の男の子

 夕食後、絹見の妻が湯呑みを両手で包み、真剣な顔をした。

「家族を、もう一人迎えたいと思ってるの」

「え」

 結婚して五年。子どもの話は何度かしたが、妻はいつも「まだ自信がない」と言っていた。絹見は背筋を伸ばした。

「急だね。でも、君が決めたなら僕も考える」

「男の子。二歳」

「二歳?」

 話がずいぶん進んでいる。

「前の家でうまくいかなくて、今は保護施設にいるの」

「そんな事情が……。つらかっただろうな」

「人見知りだけど、慣れると甘えるんだって」

「僕を父親として受け入れてくれるかな」

「最初は隠れるかもしれない。無理に抱かないで」

「分かった。時間をかけよう。教育費の積み立ても見直さないと」

「大学へ行く予定はないと思う」

「本人の可能性を今から狭めないで」

「たぶん本人は段ボール箱のほうが好き」

 絹見は覚悟を決め、質問を始めた。

「健康状態は?」

「良好。予防接種は済んでる」

「保育園は」

「昼間は家で大丈夫」

「二歳を一人で?」

「十二時間くらい寝るから」

「よく寝る子だな」

「夜中に突然走るけど」

「元気すぎない?」

「棚の上にも登る」

「運動能力が高すぎる」

 妻は資料をめくった。

「トイレは覚えてる。ただ、場所が変わると失敗するかも」

「掃除なら僕がやる」

「抜け毛も多いよ」

「二歳で?」

「爪が鋭いから、ソファはカバーしたほうがいい」

「その子、どんな環境で育ったんだ」

「名前はまだ仮名で、施設では『くずもち』って呼ばれてる」

「急に人間らしさが薄れたな」

 妻は写真を差し出した。灰色の毛玉が、緑の目でこちらをにらんでいた。

「猫?」

「猫」

「養子の話じゃないの?」

「『家族を迎える』とは言ったけど、『人間を迎える』とは言ってないよ」

「予防接種も保護施設も、全部それらしかったから」

「あなたが勝手にランドセルの話まで考えてる顔をしてた」

 翌日、二人は保護猫施設へ行った。くずもちは絹見を見るなり、椅子の下へ隠れた。絹見が床へ伏せて待つと、十分後、鼻先だけを出した。

「父親として認めてもらえるかな」

「まずは下僕からだって」

 短い面談の末、家族は本当に一人増えた。

 夜中、くずもちが廊下を全速力で往復し始めたとき、絹見は布団の中でつぶやいた。

「人間の二歳より速い」