五段ごとの係

駅のエスカレーターが点検中の日、老婦人が巨大な木箱を前に困っていた。

階段は四十二段。木箱には〈上を向けること〉〈衝撃厳禁〉〈笑わせる道具〉と書かれている。

最初に声をかけた会社員が、箱の右側を持った。

「上まで運びます」

ところが五段で息が切れた。

「すみません。次の方、交代を」

近くにいた高校生が左側を受け取った。さらに五段で、買い物帰りの女性へ交代。その次は配達員、その次は駅員。いつしか階段に、五段ごとの担当者が並んだ。

「十一段目から十五段目、空いてます!」

「そこ、私やります」

「二十六段目、腰に不安あり!」

「では箱の後ろへ回ってください!」

上から下りてきた幼い兄弟まで、箱には触れず「あと十二段!」と数える係になった。通勤客は壁際へ寄り、誰かが自然に木箱の角を守った。見知らぬ人たちの間に、即席の運搬作戦ができていた。

老婦人は申し訳なさそうに後ろからついてきた。

木箱は二十八段目で傾き、留め金が外れた。中から色とりどりの人形が一斉に顔を出す。王様、竜、泣き虫の月、鼻の長い犬。階段の全員が笑った。

老婦人は、亡き夫と四十年続けた人形劇団の座長だった。今日は小児病棟で、夫が作った最後の舞台を演じるという。

「車で行けばよかったのに」と会社員が言うと、老婦人は苦笑した。

「夫が、舞台道具は電車で運ぶ主義でね。お客さんと同じ道を通ってこそ、町の話になるって」

箱はまた持ち上がった。兄弟の声が「あと十段、あと五段」と明るくなる。最後の一段だけは、全員が指を添えた。

四十二段目まで運び終えると、老婦人は全員をその日の公演へ招いた。仕事や学校がある者は辞退したが、帰りに病院の前を通ると、開いた窓から子どもたちの笑い声が聞こえた。

翌週、駅の階段脇に一枚の写真が貼られた。人形たちと老婦人、その周りに、運搬を手伝った人々が五段ずつずれて立っている。数える係だった兄弟も、胸を張って最上段にいた。

下には手書きの題名。

〈本公演の出演者――箱を持った人、道を空けた人、段数を数えた人、全員〉

木箱を最後まで運んだ人は、一人もいなかった。

だからこそ、舞台は一番上まで届いた。