仮面の裏の呼び名

人の名をドレスの裏地に縫いつけると、夜明けまでその人の姿になれる。ただし一時間ごとに、自分の名を呼ばれた記憶を一つ失う。

仕立屋のミュレは、銀糸を針に通した。寝台では姉のサーヴァが熱に浮かされている。今夜、亡き父の遺言が読み上げられる。長女が出席しなければ、工房は伯父のものになる。

「私の名を着て」と姉は言った。「一晩だけ、私になって」

ミュレはうなずき、青いドレスの裏にサーヴァの名を縫った。袖を通すと肩幅が変わり、鏡の中に姉の顔が現れた。

作業台には、自分の名を刺した見習い時代の布札が残っていた。父はそれを捨てず、工房の壁へ飾っていた。今夜守ろうとしている場所は、自分の名を家族が呼んでくれた場所でもある。

最初の鐘で、幼い自分を呼ぶ母の声が消えた。

『ミュレ、こっちへおいで』

その言葉があった場所だけ、春の庭が無音になった。

二つ目の鐘で、父が初めて仕立てを褒めた夜を失った。

『ミュレの針目は、迷わないな』

褒められた温かさは残るのに、誰の名を呼んだ言葉だったのか分からなくなった。

遺言の間で、ミュレは姉の声を借りて伯父の偽造を指摘した。縫い目の癖、封蝋についた糸屑、父が左利きだったこと。工房は姉妹に残された。拍手が起き、皆がサーヴァと呼んだ。

三つ目の鐘が鳴る。

今度は、姉が泣きながら言った日の記憶だった。

『ミュレが妹でよかった』

その一言が薄れていくのを、ミュレは胸の内側で必死につかんだ。けれど名を縫う魔法は、糸より正確だった。

夜明け前、彼女は工房へ戻った。姉は熱の下がった顔で迎え、ドレスの糸を切ってくれた。鏡に自分の顔が戻る。

「ありがとう、ミュレ」

姉がそう呼んだ。

ミュレはその音を初めて聞くように瞬いた。美しいと思った。けれど、それが自分のものだという確信だけがない。

「ねえ」と姉が不安そうに手を握る。「覚えてる? 母さんも父さんも、ずっとあなたをそう呼んだの」

ミュレは三本の銀糸を掌に載せた。そこには三つの声が縫い取られているはずだった。

彼女は最後の糸を、指先で切った。