伴走はここまで
倉橋奈々瀬が僕に告白したのは、市民ハーフマラソンのゴールから五十メートル先だった。
完走証を受け取る列で、彼女は息を整えながら言った。
「藤ヶ谷陸人が好き。四年前から」
僕は驚くふりをしなかった。
気づいていたからだ。
毎週日曜、彼女は僕の遅いペースに合わせた。給水所では自分の分より先に僕のボトルを取り、誕生日には「ランナーなら普通」と言って高価な時計をくれた。僕はどれも友情として受け取った顔をした。
「ごめん。僕は奈々瀬を、恋人としては好きじゃない」
彼女は汗を拭くふりで目元を隠した。
「いつから気づいてた?」
「二年くらい前」
「じゃあ、どうして毎週一緒に走ったの」
「楽しかったから」
「私が好きでいてくれるのも?」
「……うん」
言葉にすると、自分の醜さがよく分かった。
恋は返せないのに、好かれている安心だけは手放したくなかった。彼女が期待しすぎない程度に親しくし、問い詰められない程度に鈍いふりをした。
「それ、一番ずるいやつだね」
「分かってる」
「今、分かったんでしょう」
「そうだ」
奈々瀬は完走証を二つ折りにした。
「友達のままで、とは言わないで」
「言わない」
「日曜も、もう一緒に走らない」
「うん」
「止めないんだ」
「止める資格がない」
彼女は泣いた。僕も泣きそうだったが、そこで同じ痛みを持っている顔をするのは違うと思い、黙っていた。
半年後、河川敷の大会で奈々瀬を見かけた。
以前より速い集団の中で、知らない女性と笑っていた。僕の横を追い越すとき、一瞬だけ目が合った。彼女は会釈もしなかった。
名前を呼びたかった。
もう好きではないか確かめたかった。
友達なら戻れるか訊きたかった。
どれも、また彼女の気持ちを自分のために使う言葉だった。
僕は速度を落とし、背中が遠ざかるのを見送った。
奈々瀬の片思いは、あの日のゴールで終わった。
僕の喪失は恋ではない。だから失ってから好きだったことにしてはいけない。
彼女が四年間合わせてくれた歩幅を離れ、僕は初めて、自分の速さだけで走った。
それは思っていたよりずっと遅く、ひどく一人だった。