倒産後の役職表
家族で営んだ洋食店が倒産した日、父は最後まで「社長」と呼ばれたがった。
「冷蔵庫は売るな。必ず店を立て直す」
「その冷蔵庫のローンが残ってるの」
「客足が戻れば」
「戻る店がもうないでしょう」
母が怒鳴り、姉は求人サイトを閉じ、弟は店の黒板を家へ持ち帰った。
四人は店舗兼住宅を出て、二部屋のアパートへ移った。段ボールに囲まれた最初の夜、父が言った。
「明日から再建会議をする」
弟は黒板へ新しい役職表を書いた。
〈元社長――風呂掃除〉
〈元経理――休養責任者〉
〈元料理長――就職活動〉
〈元ホール係――学校へ行く〉
「俺だけ役職が低い」
「会社は倒産しました。家庭部門へ異動です」
父は不満そうにスポンジを持った。
店が傾いてから、家族は互いを役職でしか見なくなっていた。父は母を数字で責め、母は姉へ無給の仕込みを頼み、姉は弟の進学費を無駄だと言った。
店がなくなると、隠していた疲れが出た。
母は三日眠った。
姉は面接に二度落ちた。
弟は学校で、家が倒産したことを笑われた。
父は風呂の栓を閉め忘れた。
「社長なのに」
弟が言うと、父は初めて自分から笑った。
一か月後、姉が社員食堂の仕事を得た。母は短時間の事務を始めた。父だけは新しい店にこだわり続けた。
ある日、近所の子どもが、アパートの階段で父の作ったオムライスを食べた。
「店のより小さい」
「店を知ってるのか」
「前に誕生日で行った。旗が立ってた」
父は紙で小さな旗を作り、ケチャップの山へ立てた。
それから日曜だけ、公民館の台所を借り、十食限定の食事会を始めた。代金は材料費だけ。母は会計をせず客として来て、姉は手伝える日だけ手伝った。弟は試験前には断った。
「家族経営じゃないのか」
父が尋ねると、母は答えた。
「家族を従業員にしない経営なら」
黒板の役職表には、一行だけ残った。
〈家族――辞める権利あり。帰る権利あり〉
店は再建されなかった。
けれど四人は、失った店の形へ戻ろうとするのをやめてから、ようやく同じ食卓でオムライスを食べられるようになった。