偽造命令は青く燃える

戦勝祝賀会の壇上で、ロジェリオ公子は一通の軍令書を掲げた。

「オクタヴィア・フェルドレ。君は私の印章を盗み、国境軍へ独断で進軍を命じた。百名を危険へさらした女を妻にはできない。婚約を破棄する」

 紙には確かに公子の印と、オクタヴィアの署名があった。出席者の視線が一斉に冷える。

 オクタヴィアは軍需監査を任されて以来、命令書一枚で兵の生死が変わることを知っていた。だから署名と印章だけでは足りないと、血印炎を導入した。ロジェリオは「妻になる女が私を疑うのか」と反対したが、彼女は規則から王族だけを外さなかった。その判断が、今は自分の首を守る。

 オクタヴィアは一度だけ息を整えた。戦場から戻った兵たちも壁際にいる。ここで黙れば、彼らは無謀な命令を出した者へ忠誠を誓い続けることになる。

「北方王オルシノ陛下。先月お預けした血印炎を、ここで使う許可をいただけますか」

「許す。だが、火を灯すのはそなた自身だ」

 オルシノが差し出したのは、青銀の燭台だけだった。弁護はしない。軍令の真贋を決めるのは、署名者の血と魔力を同時に読む証拠魔法である。

 オクタヴィアは軍令書を炎へ近づけた。偽造された署名なら灰になる。本物なら、書いた者の魔力色で燃え、その名を一度だけ空中へ描く。

 紙は青く燃えた。

 火文字が、広間の天井へ大きく綴る。

 ――ロジェリオ・ヴァンデル。

「君の名を借りただけだ。軍を奮い立たせるために必要だった」

「その結果を、わたくしの独断として処分するおつもりでしたのね」

 ロジェリオは声を落とし、婚約を続ければ王家の内側で穏便に処理できる、と囁いた。先ほどまでの断罪が、取引へ変わっただけだった。

 オクタヴィアは焦げ残った婚約証を二つに折る。

「婚約破棄を受諾します。穏便にすべきは罪ではなく、国境の民の暮らしです」

 彼女は元婚約者へ背を向けた。北方の法務院を任せたい、とオルシノが手を差し出す。王妃の席ではなく、自分の判断で働ける場所だった。オクタヴィアは迷わず、その手を取った。